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『続・女癖の悪いクルーウェル様』のクル監の続き❸

「恋を始めようか迷っている」

これが🌸に対しての⚗️の返答だった。

恋人として向き合うこと自体はまんざらでもなかった。
彼女のルックスも匂いも嫌いではないし、キスの味も悪くない、むしろ好みな方だから、遺伝子的には相性がいいんだろう。

⚗️は今まで教え子に愛を告げられた事が6回ほどあったが、全て交際を断ってきた。
生徒との恋愛は、お互いのリスクが高すぎる。
交際が発覚すれば、⚗️は懲戒免職、🌸も退学処分となる。
本気で愛していようがいまいが、手を出すべき相手ではない。

しかし一方で、生まれた世界も年齢も立場もまるで違う二人が、お互いを求め合っている奇跡の方が、失業や社会的断罪のリスクよりも重要だと思う程度に彼はロマンチストでもあった。
加えて、「絶対にバレてはいけない恋」なんていう三文芝居が魅力的に見えてしまうのは、ヴィランの性分か、月並みの恋愛に飽きた男の道楽か。

そんなようなことを考えていたから、冒頭の一文通り、なんとも歯切れの悪いアンサーになってしまった。

これはつまり、今晩🌸をオンボロ寮に帰すのか、🌸の要望通りにデートを続けるのか、彼自身もまだ迷っているという事でもあった。
ひとまず今日はオンボロ寮に帰して、後日に答えを導き出すという手もあるが、据え膳をつっ返しておいて後でやっぱり食わせてくれというのは、美味い飯も不味くなるだろう。

答えが出ないことを、悶々と考えても埒が明かないと判断し、少し状況を俯瞰した。
⚗(何より契約書…アレが厄介だ。アレさえなければこんな事態にも陥ってなかった。まず契約を解除させる事が最優先だ。)

⚗は、舌打ちをすると急にハンドルを切り、車が向かう方角を変える。
隣の仔犬が、顔をあげ、期待の眼差しを⚗に向けた。


真っ赤なクラシックカーがエンジンを止めたのは、都内中心部へ徒歩で行ける距離にある、閑静な住宅街のアパートメントだった。

⚗は再び🌸を俵抱きにして、車から玄関へ向かった。2回目なので抵抗はなく、むしろ彼女は満面の笑みだ。
ドアを開けるなり、4歳になる元気のよい雄のダルメシアンが盛大に二人を迎える。右肩に🌸、下半身に🐶が飛びつく状況に⚗はよろめく。

🐶「ワフ!バウワフワゥッ!(メスか!メスだな!俺はヤるぜ、俺はヤってやるぜぇ!)」
🌸「わー!かわいい、ワンちゃん!こんばんわぁ!」
⚗「シューシ、ボーイッ!ハウス、ハウスだ!お前の出番じゃない!」

叱られた🐶は恨めしそうに主人を見ながらトボトボと階段の下の自分の住処に戻っていった。

⚗は🌸をソファに座らせると、木製のフットバスを配備した。
お手製の治癒薬を数滴入れると樹木のような香りが広がった。
⚗「しばらくそこに足をつけときなさい。染みないから。」
そう言うと、キッチンの方へ向かったのか、遠くから声が聞こえる。
⚗「仔犬、何が飲みたい?」
🌸「何でもいいです!」
⚗️「何でもっていうのが一番困るんだよ。」
冷蔵庫の音がして、⚗は何かを作りはじめたようだった。

🌸はリビングをぐるりと見渡す。
アンティーク家具とモダンアートが混在している。
フットマンに犬の玩具や読みかけの雑誌が置きっぱなし。
反して、壁づたいの本棚は出版社順・著作者のABC順に並べてあり、几帳面なぐらい整列されている。
乱雑なようで、所々は整頓されており、居心地は悪くなかった。

サイドテーブルに女物の香水瓶があり、一瞬、女の人が一緒に住んでいるのかと暗い気分になったが、それがすぐに話題の”ラブパフューム”だということに気づいた。
サンプル品だろうか?
🌸は今日の⚗の登壇内容どおりに、香水瓶をこじ開けて、液体に向かって⚗️への想いの限りを囁いた。
液体は回転しながら言葉を吸収していって、ピンクゴールドに色づき膨張しはじめる。
液体が香水瓶を飛び出そうとする寸前で、素早く蓋で閉じ込めた。

足音がして、⚗がもどってくる。
おそらく庭で摘んだばかりのボタニカルとアブサン、のモヒート。
グラスから咲き乱れる草花は本当に飲み物なのか疑うような美しさで、その茎や葉の隙間から舌に流れ込む複雑な味に🌸は理解が追いつかず、その飲み物が美味しいと判断するのに時間がかかった。
18歳には少し早かったか。

⚗「さて、仔犬。これでゆっくり話ができるな。昨晩の契約の件だが…」
🌸「解除しません、絶対に!」
⚗「最後まで聞け!仔犬の気持ちはよくわかった。しかし俺とお前は交際ができない。発覚したらお前はNRCを退学になるし、俺は首を切られる。」
🌸「え、そうだったんですか?」
⚗「そうだ。」
🌸「でもだったらなおさら私は契約を切りません!私は先生が他の誰かと一緒になって欲しくないんです!」
⚗「はぁ…。なんつー自己中心的な。そもそもなんで俺なんだ?」
🌸は黙る。
⚗「経験上、『違い過ぎる』というのはあまり良い結果を産まないんだ。お前の周りにはちょうど良い男が沢山いるだろう?あえてわざわざ俺を選ぶ必要はない。」 
🌸は黙り続ける。
⚗️「♣なんかどうだ?あいつは比較的まともだ。🏹も変わってはいるが、害はないし有能だ。なんならお前、サイエンス部に入らないか?二人をよく知ってみるといい。」
⚗はウィスキーの氷をくるくるの指の腹で回しながら相手の回答を待った。
🌸「無理です…。私でもわからないんです。なんで先生なのかわからないんです。でも先生じゃなきゃ嫌なんです。」
🌸は、とうとう泣き出してしまった。
女性に泣かれるのは気分が萎えるが、慣れてはいる。
⚗は構わず話を進める。

⚗「わかった、契約はそのままでいい。その代わり、俺はお前を元の世界に戻す方法を全力で模索する。もし見つけられたら、お前はおとなしく帰れ、いいな?」
🌸は大きく目を見開いた。
🌸「そんなこと、できるんですか?」
⚗「知ってるだろう、俺は天才だ。本気になればたいていの問題はクリアできる。」
🌸は疑いの目を⚗️に向けた。
⚗️「なんだその目は…。来れたのだから、帰れる可能性の方が高いじゃないか!しかし気になっているのは、どうしてお前がこの世界に招かれ、魔力もないのにNRCで監督生として平然と過ごせているかだ、前例がなさすぎる。何か大きな力が裏で働いて、お前を帰さないのかもしれない。俺は面倒事に介入したくないので深入りは避けていたが、ここまで関係をもってしまっては、そうも言ってられないだろう。」
🌸「私がこの世界にとってそんなに意味がある存在なんですか?」
⚗「憶測に過ぎないから、確かな事は俺にもわからない。だが、何も知らないお前がこの世界の事に巻き込まれるのは理不尽だと思うし、早く元いた世界へ帰らせてやった方がいいとも思っている。どうだ、これはお互いの最善策ではないか?」

🌸は少し迷っているようだ。
そこへ⚗️は畳み掛ける。

⚗️「おそらくお前は、異世界で生きていく不安から、絶対的な保護者を求めているだけだ、俺に対しての気持ちは恋愛感情ではない。帰れるとなれば、俺の事も綺麗に忘れるだろう。」
🌸「…!」
それは違う、と🌸は言いたかったが証拠が見せられないため、黙り込んでしまった。
⚗「決まりだな?明日からお前を帰還させる研究を秘密裏に始める。悪いが2ヶ月、いや3ヶ月くれ。これで話は終いだ。」

彼女を元の世界へ還せば、契約は自動的に終了する。
副産物として、異世界転生についての学術論文も一本仕上がる。
数ヶ月恋人がいないくらいは何とかなるだろうし、これが⚗️の落とし所だった。

⚗は🌸の前にしゃがみこみ、片足ずつフットバスから引き上げると、自分の膝の上でタオルにくるみ、丁寧に拭き上げた。
靴擦れは完治していた。

🌸はこの状況をどう打破すべきか必死で考えた。
元の世界にはもちろん帰りたい、家族に会いたいし、親友にだって会いたい、私は無事だと伝えたい。だからといって、この世界で⚗️に恋をしていることも同じぐらい大事な気持ちだ。🌸にとっては、全く別次元の話でどちらかを選ぶことはできなかった。

🌸は、先程、仕込んだラブパフュームを思いっきり⚗に噴射した。
腹が立って、ヤケになって噴射しまくった。
リビング中に🌸の⚗への思いが発散していった。
思春期の乙女のとっ散らかった恋心は、⚗の嗅覚を通じて彼のあらゆる臓器に入り込んだ。
⚗は、赤面して鼻と口を抑えながらしばらく空気中に霧散する粒子を浴びていた。
仔犬の逆襲。
勝ち誇った顔の🌸は、尻餅をついた恩師を裸足で足蹴にでもするかの勢いだった。

🌸「これでやっと、私の気持ちをわかったもらえましたか?」
⚗「参ったな。我ながら強烈なプロダクトだ。」

遠くのほうで一部始終を見ていた🐶は香水臭くてたまらずに、くしゃみをした。
香水の匂いが落ち着くと、リビングに居る我が主人と客人のムードが一転したことを察して、リビングのドアノブを器用に前足で掴んで閉めた。

※この後は漫画にしたいと思ってますが、体調不良が長引いてまして、ユアマイに合わせて更新できるかはちょっとわからないです。

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