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『続・女癖の悪いクルーウェル様』のクル監の続き❷

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液体に記憶の粒子を溶け込ませて、嗅覚を通じて他者へと意思を伝える。
⚗️が発案したラブレターの代替物になりうる"ラブパフューム"は、今やファッション業界のトレンドとなっており、バリエーションの飽和で衰退気味だった香水業界の売上におおいに貢献した。花言葉を贈るよりもダイレクトに想いを伝えられるし、詩や歌が下手な人間でも香りという手段で愛を告げられる。恋愛弱者だった理系脳達に革命がおきたのだ。

しかも、それを稀代のプレイボーイ・クルーウェル博士が発明したとなれば、真面目でオタクな魔法薬学会員達は揶揄りたくって仕方がない。
⚗もそれなりに場の空気を心得ており、実証事例と称して、ラブパフュームを利用して恋愛成就するまでの、とある理系男子学生のエピソードを、上品な下ネタ混じりで話すもんだから、口笛やら野次やらが客席から割り込んで、大変な騒ぎになった。
<!--ここらへんは本筋とかけ離れるので割愛する-->

⚗のスピーチが終わり、他の登壇者のパートになると、🌸はまるで火が出たかのように足が痛いことに気づく。
履きなれないヒールのせいで靴ずれが起きているようだ。
どこか座れるところはないか、と周囲を見回すと、バルコニーに大きめの植物を囲った縁がありそこに座れそうだった。

ゆっくりとバルコニーへ出ると、外は静かで空気が澄んでいて星がきれい。
縁に座って足の様子を見る。
両足ともアキレス腱とつま先の皮がすり剥けて血が滲んでいる。

🛡「痛そうだね、大丈夫?」
急に男性の声が上から降ってきて驚いて見上げると、焦げ茶の髪に青い目の爽やかなイケメンが上から🌸をのぞきこんでいる。
🌸「大丈夫…じゃないですね。恥ずかしいです、ヒールに慣れてなくて。」
🛡「かわいそうに。後でハウスシューズでもないか探してくるよ。君って学会に来るのは、はじめてなの?」
🌸「は、はい。そうです。最近こっちに留学してきました。」
🛡「実は僕もまだ慣れてなくてさ。何名かとは挨拶したんだけど、ぜんぜん話が噛み合わないんだ。変わり者が多いのかな、この学会。途中からずっとクリームドスピナッチを食べてたよ(笑)。」
イケメンはお皿にてんこ盛りのデザートを🌸に渡した。
🛡「よかったら一緒にどう?」
🌸は、お腹が空いていたので、非常に嬉しかった。なんて気の利く人なのかしら!感動で泣きそう。
🌸「ありがとうございます。もしかしてあなたも学生さんなんですか?」 
🛡「そうだよ。RSAって知ってるかな?そこの4年生だ。先生の付き添いで見学に来ている。」
🌸(ライバル校だ!クルーウェル先生の助手だってことは黙っておこう。)
🌸「こ、これこの、ショートケーキ、美味しい!」
会話をそらそうとすると、
🛡「わかる!俺もさっきそれ食べて感動した。ミルフィーユも絶品だよ、フォーク一本じゃ食べるのが大変だけどね。」

いかにも心身共にヘルシーで、裏がないトーク。
化粧などするわけがなく、少し日に焼けた肌に真っ白できれいな歯並び。犬歯が異様に尖っていることもない。
🌸は元いた世界の同級生を思い出した。隣に座っていてホッとしたし、もう何ヶ月も味わっていない安堵感だった。
NRCの連中は表面上は優しくても、何か得体の知れない影が裏に潜んでいる気がして、誰と居ても身構えてしまうのだ。

天気の話から先生にバレない居眠りの方法まで、二人の会話はしばらくテンポよく続いた。一通り会話が終わると🛡が急に🌸の前にに立ち、手を差し伸べた。
🛡「さて、君のハウスシューズを探しに会場へ戻るよ。フィリップだ、君は?」
🌸「ユウです、どうもあ…」
握手をしようとしたその瞬間。


⚗(どこに行ったんだ、あの駄犬は!!!)
確かに後方にいることを登壇上から確認していたが、スピーチ後に学会の重鎮達やファンクラブの女性達から絡まれてしまい、すっかり彼女を見失ってしまった。婦人達に妙な顔をされながら、化粧室も探したが見当たらない。

残るはバルコニーかと外へ出ると、縁に座る🌸のドレスが目に入った。
その横に若い男がいて、二人は楽しそうに会話しながら、一皿のケーキをつついていた。

⚗は何をするでもなくその状況を遠くから眺めていた。
男がヒーローであることは一目瞭然だった。
あまり頭が良さそうではないが、覇気があり、誠意もありそうだ。
🌸にふさわしい男だと直感的に思った。このまま結婚してしてくれれば、俺の肩の荷も降りる、とまで考えた。
⚗️「いいぞ、いいぞ。」
と嘲笑しながら、タバコに火をつけて、しばらく二人の様子を見守っていた。

ふと、自分が二十歳そこらの時もパーティー会場のバルコニーで目当ての女性を口説いていたことを思い出した。いつの時代も男女がやる事はさして変わりやしないもんだな、などと考えながら、タバコを揉み消したその瞬間。


🌸に手を差し伸べる🛡を見て、父性なのか嫉妬なのか、言葉では説明しづらい衝動が駆け抜けた。
⚗️は🌸の後ろに転移し、二人がつなごうとする手を上から奪った。
結果、🛡と⚗️が握手をする形となった。

⚗「これはこれは、ミスター! 私の連れが世話になったようで感謝する。デイヴィス・クルーウェルだ、どうぞ宜しく。」

悪魔のような作り笑いに🛡は驚いて、握手した手を無理矢理に離すと、握力で通わなくなった血液を戻すかのようにブンブン振った。
🛡「君はっ!ヴィランだったのか?」
そう🌸に青ざめた顔で言い放つと、イケメンは軽い別れの挨拶をして去っていった。

🌸はキョトンとした表情で、座ったまま⚗を見上げた。
その表情はまるで日本犬種の仔犬のようで、⚗は心底可愛いと思った。
🌸「先生、もう終わったんですか?」
⚗️「ああ、終いだ。さっさと帰るぞ。靴擦れか?」
🌸「はい、痛くて歩けなくなってしまいました。」
と、言い終わらないところで、⚗は🌸を仔犬というよりは、米俵のように右肩に背負った。
右腕で彼女のヒップをしっかりと抱え、左手に脱がされたハイヒールを引っ提げる。
🌸「先生、恥ずかしいです!これは恥ずかしいっ!」
⚗「うるさい、我慢しろ!」
手足をバタバタする🌸からは、甘噛みレベルの水属魔法が放たれるが、こんな色気のない抱かれ方は『性的』とも言えないので発動する魔力も薄い。
抵抗も虚しく、⚗️は🌸を担いでそのままバルコニーから庭へ飛び降り、オーディエンスに見つかる事もなく、サッサと会場を後にした。


ストンッ!

クラシックオープンカーの助手席に仔犬はおろされた。
座らせる過程で顔が接近した二人は、どちらからというわけでもなく、磁石みたいに、唇を合わせた。
短いキスだったが🌸はそれが飛び上がるように嬉しくて、「三度目の正直」だとか「二度あることは三度ある」だとか母国の偉大な諺に祈りを捧げた。

車はディナータイムで騒がしいネオン街を突っ切っていく。
🌸「もしかして、先生、さっきのヤキモチですか?」
⚗️「まさか!くだらん!!何処の馬の骨だかわからないヤツとウチの生徒を接触させるわけにいかないだろう。」
エンジン音と夜風でかなり声をあげないと相手に聞こえない。
🌸「でも私にキスしましたよね?」
⚗️「脊髄反射だ、深く考えるな。」
🌸「え?聞こえないです!」
赤信号。
しばし停止。
⚗️「だから挨拶レベルのことでキャンキャン喚くな、と言っている!」
つい先ほど、その『挨拶レベル』を全力で阻止した男が何を言う?
我ながらの矛盾にバツが悪くなる。
助手席の方を見やると、見慣れない黒髪の美人がいて、潤んだ瞳でこちらを見つめていた。
🌸「オンボロ寮へ向かってるんですか?」
⚗️「そうだ。他にどこへと?」
🌸「私、帰りたくないです。」
⚗️「却下。」
いつもだったら引き下がる🌸は、今晩は強気だ。今を逃したら、もう二度とチャンスはないと感じていた。
🌸「先生の事が好きです。」
⚗️「それは知っている。」
🌸「先生は私の事、どう思っているんですか?」

青信号。
クラッチを踏み、アクセルを入れた。
⚗️は何かを呟いたように聞こえたが、エンジン音で掻き消されてしまった。

つづく
※❸も同じ形式にして、その続きを漫画でユアマイで展示する予定です。あくまで予定。


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