見出し画像

【ボクシング】シンプルこそが難しく尊い──英ニューカッスル興行を見て思う

 昨日早朝にイギリス・ニューカッスルのUTILITA ARENA(ユーティリタ・アリーナ)で開催されたmatchroom boxingの興行。早朝仕事に出かけるため、DAZNのライブ配信を見ることはできなかったが、準備をしながらチラ見したら、井上尚弥(大橋)の得意パターンをしきりに繰り返す選手がいたので、きちんと見るのを楽しみにしていた。

 特にスポーツの場合、録画や見逃し配信を見るのは気乗りしないけれど、1日明けてライブ感覚で見ることにした。途中のトークやドキュメント、インタビュー等は早送りしてしまったが。

 第1試合のスーパーウェルター級10回戦はサウスポー対決。上体を立てて上下のフットワークを使うオールドスタイルのユアン(EWANでこう読むらしい)・マッケンジー(イギリス)に対し、イシュマエル・デービス(イギリス)は、黒人選手特有のバネを利かせた出入りと、頻繁にオーソドックスにスイッチする戦法。初回から最終8回までのほぼすべて、デービスがマッケンジーを圧倒した。
 初回から大量の鼻血を流して苦しい展開となったマッケンジーは、それでも気迫だけは失わず、出血や腫れのみならず深いダメージを負いながら最後まで反撃姿勢を崩さずに立ち続けた。その姿は感動的ではあったものの、彼の今後を考えると、レフェリーやセコンドにもっと早く止めてほしかった(最終回にタオル投入)。
 デービスは、見るからにセンスあふれる好選手だったが、前半でストップに持ち込めるような展開で、そこが今後の課題になるだろう。

 2試合目のミドル級10回戦。5回TKOで勝ったマーク・ディッキンソン(イギリス)が“チラ見”した選手だった。グラント・デニス(イギリス)の右ストレートに対し、必ず左フックから右アッパーを返していたのが“尚弥的”だった。が、その的中率がことのほかよろしくなく、結局強引な連打で押し切った。スタンスやフォーム、フィジカルの強さで連打を打ちこんでいくさまが赤井英五郎(帝拳)に似ていた。

 3試合目のライト級8回戦。アマチュアの欧州選手権銅メダリストのカラム・フレンチ(イギリス)が完敗。左ストレートを打つ際に、顔が突っ込むのが気になっていたが、ジェフ・オフォリ(イギリス)はそこを見逃さず、左フックを合わせて難なく接近戦に持ち込み、左右アッパーを雨あられと打ちまくった。
 フレンチは、オフォリの左フックを封じようと完全に腕を絡め取るが、ニール・クロース・レフェリーは再三再四ホールディングの注意を促した。
 が、オフォリもかまわずに、自由の利く右でショートアッパーを小突き上げる。1試合目のマッケンジー同様、フレンチも鼻と口から大量に出血し、ダメージも徐々に積み重なっていった。
 それにしてもフレンチは、接近戦で両腕が完全に遊んでる状態なのが気になった。右腕でオフォリの左腕を絡め取る頭しかなかったのかもしれないが、オフォリのアッパーを防ごうというグローブや腕の使い方が皆無だった。これでは無造作に攻撃を浴び続けてしまうのも当然だ。これほどはっきりと接近戦でパンチを貰いまくる選手もなかなかいない。裏を返せば、どの選手も巧みにグローブや腕を駆使して防いでいるのだということがよくわかる。「ボクシング、そしてボクサーの凄さ」が、よりわかる試合だった。
 フレンチは、matchroomの契約選手だが、その選手の反則をしっかり執拗に注意したクロース・レフェリーの毅然とした態度に拍手。本来はそれが当たり前のことではあるのだが、「プロモーター寄り」になる傾向が強いのは世界中どこも同じゆえ。 

いちばん左がブオン

 ライト級6回戦。これが2戦目のキャメロン・ブオン(イギリス)は、初回にジョン・ヘンリー・モスケラ(コロンビア)に右カウンターを狙われたが、2ラウンドから動きが見違えるように良くなって、強敵に手を出させないボクシングを完遂した。
 胸下に構える左腕から顔面へ突き上げたり、ボディに落としたりするストレートに近いジャブはキレ、重みとも十分。ワンツーももちろん冴え、右の小さなフェイントから逆ワンツーを打ちこんだりと変化も多様。ボディジャブを見せておいて右クロスを合わせたシーンは井上尚弥の影響を強く感じさせたし、モスケラの連打をボディワークでかわしてアピールする姿も、前戦の尚弥を思わせた。小さなステップバックでモスケラをおびき寄せる駆け引きも。
 シンプルな攻防の積み重ねが応用を生む。その積み重ねが(ボクシングに限らず何でもそうだが)とても難しい。けれど、それを実現した者は強いし尊い。そんなナオヤ・イノウエの心がわかっている選手だと感じた。
 今後要注目の選手だし、なによりDAZNに加入している方には絶対に観てほしい選手。男前で華もある。気が早いかもしれないが、「次期スター候補」と強力プッシュしたい。

 メインのWBAインターコンチネンタル・スーパーフライ級王座決定戦10回戦は、前王者のシャバス・マスー(イギリス)が2-1判定でベルトを取り戻したが、非常に苦しい試合内容。自分はホセ・サンマルティン(コロンビア)の96対94勝利と採点していた。
 サウスポーのマスーに対し、サンマルティンは短い胴を覆い隠す両腕でがっちりとガード。容易に距離を詰めていき、右ショートボディブローを主体に下から上、右から左、左から右と波状攻撃を続けていった。
 サンマルティンの攻撃は軽打だったのでマスーは救われたかもしれないが、だからといってマスーは少々攻めさせ過ぎ、打たせ過ぎだった。4ラウンドになってようやくサンマルティンの入り際や、接近戦で左アッパーを使い始めてペースを取り戻しかけたが、手数でもヒット数でもサンマルティンがその後も優っていたように思う。
 マスーは右腕でサンマルティンを押さえて回り込み、体を入れ替える技術を再三見せたものの、その都度サンマルティンも対応し、マスーに先手を打たせなかった。
 あれだけペースやリズムを取られ、執拗な接近戦を仕掛けられても心が萎えず、しっかりと対応し終盤には盛り返したマスーの心技体も素晴らしかったが、こと勝敗に関していえば、この夜はサンマルティンのものだったと個人的には思う。

ボクシングの取材活動に使わせていただきます。ご協力、よろしくお願いいたします。