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越境11 ルーム904 その3

・△さんとのリレー小説です。前回「越境10」初回「越境1

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 「ここ」にはいくつかの不文律がある。言い出したのはかつてここにいてでかい顔をしていた例のジョルジュだったが、ジョルジュなきあと古参であるイワンはさほどの発言力を持たないし、おそらくここで最も「能力」の高いバキリだってルールを云々する側ではない――というかはっきりと「される側」だ。もしかしたらここで一番神経質にルールを守っている存在なのは俺かもしれない、と残雪は思う。それは悪い感情ではなかったが、なんでこんなことに、と思うのも事実だった。「礼品」のせいだ。「礼品」さえあればほとんど自動的に召喚されてしまい、他者の求めるものを与えてしまう、残雪にとって不都合な能力。召喚? まるで残雪自身が化け物みたいじゃないか。舌打ちをすると、隣を歩いている東洋人、漢字は書けるようだけれど中華系というのは地球人というのとほとんど変わらないから育った環境のことなんてさっぱりわかりはしない、漢字が書ける東洋人というだけの、それでも残雪にとっては「ここ」の古株よりなんだか親しみ深くなってしまった相手が、舌打ちをする残雪をじっと見て、ちいさく息をついた。舐められてる、と残雪は思った。おもしろくもない。なんなんだこいつは。ここに来てろくに経たないのに落ち着きすぎじゃないだろうか。自分がここに来たときは――

「やめろ」

 ……本来テレポーテーションを発動させることができるのに、それができる、と、脳内でちかちか信号が鳴っているのに、それでも現場まで歩くことを選択したのは、行彦の目の前でテレポーテーションをしたら行彦は困るだろうという無駄な判断からだった。なんなんだ俺は、と、残雪は先ほど考えた思考をそっくりそのまま繰り返して思う。なんなんだ俺は、いいやつか?

 「教室」の隅。

 彼のことを、残雪は、ルーム904、と呼んでいる。何の能力を持つのか、どこ出身のなんという名前なのか、なんのコンタクトもとれない彼は、しかし今日もおとなしくそこに座っていた。残雪は彼のことがわりと気に入っていて、行彦が来るまでは、彼の面倒をもう少し見てやるつもりでいたのだけれど、ルーム904はルーム904を自室として与えられているという以外、何の情報も残雪に与えないので、残雪の気持ちとしてはお手上げ、というところだった。――ここにはいくつかの不文律がある。

「喧嘩はルール違反だろ」

 ルーム904は床に転がり、そこにのしかかるようにして、少年のひとりがこぶしを振り上げていた。駆け寄ってきた巻き毛の白人が、残雪に向かって、へるぷ、と小さな声で言いながらしがみついた。残雪は舌打ちをして、「礼品」と言った。

「そ、そーりー」

「先に渡すものを渡せ」

 行彦がそこで、なぜか、押し殺した声で笑った。渡されたジュースの王冠をぴんと一回弾いた残雪が、それを、教室の端でルーム904を組み敷いている少年に向かって弾き飛ばした。そこで行彦はこらえきれないようにもう一度笑った。なんだよ。

「痛っ」

 小さく呻いた少年に、大股に歩み寄る。引きはがそうとしたが、少年はむきになったようにそこから動かなかった。転がったルーム904に向かって、上げたこぶしを、たたきつける、かわりに904のすぐわきの床を殴った。「この化け物が」

「この化け物が、おれを見て、」

「化け物なんて呼ぶな」

「化け物だろ!」

「――人間同士だろ!?」

 一瞬、教室のなかの、傍観していた全員――ほとんど全員が、気が狂った発言を聞いたように、部屋の隅を――残雪を見た。

 行彦は見逃さなかった。ジュースの王冠を残雪に渡した小さな巻き毛の子供だけが、すこし気まずそうに、目を逸らした。

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・△さんとのリレー小説です。次回「越境12

以下相手方からのコメントです。

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