越境9 バキリ その1
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in「状況を整理しよう」
out「うんいいね、状況整理ゲームだ!」
outを担当するのはいつだってバキリだ。あるいはノートに書いて盤面を作ってゲームをやっている連中が言う、「先攻」「後攻」ということばの後攻。外国の言葉を使うなんて趣味が悪いとバキリは思っている。だってそれは劣った言語だからだ。もっともバキリの国には言葉と呼べるようなもの、音声としての言語はほとんどなかった、必要なかったから。今バキリがまくしたてるために使っている言葉は、こっちに来てからバキリがぜんぶひとりで考えた言葉で、だから誰にもわからない。イワンのほかには。イワンは学ぶこと、特に語学において天才だ、とかつて、寮長と呼ばれていたフランス人が言った。イワンは水をごくごくと飲むように言語の法則を理解する。もっとも喋るほうは不得意で、それはそもそも彼は喉を使うという訓練をほとんどせずに育ったからだと、これも寮長が説明した。寮長は知らないことはなにもないように見えた。まあそうだよねとバキリは思う。イワンは育ち方という意味においては人間じゃない、人間に育てられていないものは、人間じゃないと、バキリの国では言った。だからここで一番古い人間は寮長だった。寮長、ジョルジュ。あいつがいたころは新しいやつが来るたびに「やあはじめまして、不安なことがあったらいつでもぼくに聞くんだよ、僕はここの寮長、ジョルジュだ」という朗らかな挨拶があった。いまはそれもない。
こんな話はどうだっていいや、とバキリは思う。バキリの国には言語というものがほとんど存在しない。みんな思考するだけで情報伝達ができるからだ。むきだしの大地にむきだしの思考をかわして、バキリは育った。いまだって別に言葉を使う必要なんかないのだ、とバキリは思う。ここにいる低俗なやつら全員にわかるように、情報を出し入れするなんて簡単なんだ。それをしないであげているから僕はやさしい、とバキリは思い、そうして、新しいスーパーナチュラル(この言い回しもここに来てから覚えたものだった、つまり、バキリの生まれた国の人々のような能力を持つ人間のことだ――どうもその人たちはみんな死んじゃったみたいだけど)はすくなくともバキリの「本当の言語」を受信する機能を搭載していてよかったな、とバキリは思う。それはすごくよかった。寮長以来だ。寮長と違って、発信はできないとしても、まあ。
十九世紀(あいつらの言葉でいえば)、フランスはアフリカの植民地化を進める。バキリの国は亡びる。そうして2018年、寮長と書記が認識しているほうの「現在」には、バキリの知っているスーパーナチュラルは、全部、死んでしまっている。バキリにはそれが「視える」。
千里眼、と寮長は言った。mangaで読んだ、と肩をすくめて。イワンは、うまれた雛がはじめて見た相手なものだからジョルジュを神格化しているふしがあるけど、とバキリは思う。実際はただのちょっとオタクで芝居がかった男の子にすぎなかった。能力だってそんなにすごかったわけじゃない――人間だった間は。
人間として厳密に規定される範疇にいる、間は。
別にフランス人だから、バキリの国を滅ぼしたから、寮長を嫌いになるってことはなかった。だってみんな最初から、知っていた。「千里眼」だから。
千年後にはどうせみんな滅ぶ。
――そして彼らは同時に、「バキリが残る」と、知っていた。
in「ここには超能力者、スーパーナチュラル、サイキッカー、どんな言い方でもいいけど、そういう連中しかいない」
out「いない、っていうより、それだけを集めてる、って言ったほうがいいかな」
in「ここには男の子供しかいない」
out「男の子供は生殖能力を持たないかとぼしいからじゃないかな」
in「僕たちは十九世紀のアフリカから、あるいは二十一世紀のフランスから、あるいはまた別の時間別の国から来た」
out「サンプルが均一じゃないから、『あれ』はもしかしたら、百年くらいの長さは『細かすぎて』わからないのかもしれない、って話をこないだしたんだっけ」
in「僕たちはここにいると、いつか、なにかにmetamorphoseする。カフカみたいに」
out「虫になったやつはいまのところいないね」
in「僕たちは何のためにここにいるんだろう? 『あれ』は何だ?」
out「まだわからないの?」
in「わからない」
out「そんなふうになっても?」
in「なっても」
out「どうして書記に声をかけてやらないの」
in「聞こえないから」
inはそこで途切れる。「拗ねないでよ」とバキリは言う。彼は服を脱いで、水の湧き出す噴水に浮かんでいる。バキリの小さな体はそこにおさまることができる。そこには誰もいない。あたたかい部屋。風もないのに揺れる木と甘い匂い。温室にはバキリ以外誰もいない。今はもう。
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・△さんとのリレー小説です。次回「越境10」
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