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萩の原逍遥記(宙2)

 それはぼくたちの儀式で、ぼくたちはそれをつうじて一緒にいるのではないかと思うことがある。夜じゅうぼくは自転車に乗り、君は廊下に倒れていた。朝のはじまるぎりぎりのところで、空がまだこらえているなか、ぼくたちはマドレーヌをしずかに紅茶に浸して殺した。

「まちがっているのは、だれだとおもう?」

 ぼくたちは貝たちをおそれている。紅茶がそれらに有効だということは知っているが、あたたかい紅茶はなんとなく、彼らにそれでも最後の手段を与えるような気がする。ぼくたちは濃く入れた紅茶をたくさんの氷で大急ぎで冷やし、マドレーヌを閉じ込めたアクリルケースのなかにしずかにそそぎこむ。

「子供の頃」

 ぼくは言う。

「ぼくに、―――が」それは感知されない音で発される。「銀色のボウルいっぱいにがらがら開けた氷に、暑い暑い紅茶を注いで、それをまほうびんに入れて持たせてくれた。まほうびんていうか、水筒、だけど、大きくて、重たくて、邪魔だった。でも、それはちゃんと、一日のあいだにからになった。紅茶は、金属の匂いがした。……ぼくはあの飲み物を、好きだったんだろうか」

「たぶん」

「たぶん?」

 小さな声で君は、ぼくの、声にならない声をまねて、―――は、と言った。

「あなたのなかのマドレーヌを、殺すつもりだったの」

「……そうかもしれないね」

 マドレーヌがアクリルケースのなかでぐずぐずになっていくのを、ぼくたちは見ている。マドレーヌの死をぼくたちは見ている。

「ねむっているとき誰かが言っていたの。マドレーヌに気をつけて、って。マドレーヌがたくさん増えているから、どうか、気をつけて、って。誰だろう」

「たぶんね、それは、きっと」

 それはきっと―――だ。

 いつも監視しているのだから。

 ぼくは決意をこめてカーテンを引く。目の前に真っ暗闇がある。つるりと光る光沢がその向こうに見える。君は声にならない悲鳴をあげ、ぼくは君を抱き寄せている。そこに貝がいる。巨大な貝が。

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