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越境5 行彦 その3

・△さんとのリレー小説です。前回「越境4

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「日本語に聞こえるのはきみがテレパシーを使っているからだよ! 知らないの? ていうか、わからないものなの? わからないものなんだ、へー、ばかだなあ、それはそれとしてここにいるみんなはだれひとり、なんだっけ? ああそうか、日本か。中国のとなりにある国だね。周囲を海にとりかこまれている島国で、へえ面積のわりに人口が多いんだな。ぼくの国からはとても離れているから全然知らなかった。そうかテクノロジーが発達しているのか、でも僕の国ではテクノロジーなんか何の役にも立たないからなあ。ぼくは勿論日本語で話してなんていないよ。きみはテレパシーを使っていて、自分の聴きたい通りの言葉を受け取っている。でもどうやらきみからぼくに話しかけることはできないみたいだ。ここにいるみんなはそれぞれスーパーナチュラルだけどみんなそれぞれ能力の限界があるみたい。ぼくにはそんなの関係ないけどね。ぼくの国ではここにいるみんななんて、生きていくことだってできないんだから」

「哎」

 大量の理解できる言葉と全く理解できない短い響きが両耳から入り込んで、行彦は目をしばたたかせた。耳を覆う。とん、と机を指先で叩いた黒い目の少年は、舌打ちをしてもう一度、ア、とかアイ、とか聞こえる言葉を繰り返し、手にしたスマートフォンを放り投げた。ぱし、と音を立てて受け止めた手はつややかに黒い。幼い、いたずらっぽい目つきの黒人の少年、というより、子供、と言いたいようなあどけない様子の彼は、彼の手には少し余るそのスマートフォンを両手でつかんでじっと見つめている。席は一番後ろ、扉とは反対側、木が生えているほうとは反対側の奥だ。行彦の席からそこまで、それなりに遠い距離を飛んで行った硬いものに、間にいる少年たちがあるいは首をすくめあるいは面白そうに顔をあげた。バキリ、と何人かが笑いを含んだ声で言った。何らかのキーワード、もしくはいっそ、スマートフォンを投げたほうか受け取ったほうどちらかの名前なのだろう、と行彦は思う。

「そう! ぼくの名前だよ! すてきな名前でしょう! そっちは残雪っていう名前なの、きみは行彦だね、少なくともそう名乗ってる、残雪もそうだよ、少なくともそう名乗ってる。バキリはね、生まれたときからバキリで、ずっとバキリだよ、嘘をつく必要はないからね!」

「だまれ」

 黒い目の少年はそう怒鳴った。違う。少年が「言った」言葉はそれではなかった。ああそうか、と行彦は思う。

 相手の言っている言葉と別の言葉が、重なって聞こえる。

 バキリ、と名乗った、もしくは呼ばれた子供が、口を開く。何かを言っている。常に笑みを崩さないその小さな子供は、しかし外見以上に達者に「喋った」。

「残雪は、手助けは要る? って言ってるんだよ。でもそんなこと字で書いたって意味ないよ! 言語なんて不完全な概念だし、残念ながら残雪、行彦は君の書いた文章が全然読めてないよ。でも残雪が伝えたい言葉は全部行彦に伝わってるから、大丈夫だよ。彼はテレパシストだから残雪が伝えたいことは全部わかっちゃうんだよ。って説明してあげても残雪にはこれ全然意味わかんないんだけど! ぼくはぼくの国以外の言葉を使う悪趣味は全然ないからしょうがないよね! あははは!」

「イングリッシュプリーズ」

 残雪が舌打ちをして言った。あはは! と笑った最後の言葉だけは言語の壁なく伝わり、サイズの合わない椅子をぐらぐらと傾けながらバキリは声を上げて笑いつづけている。ふたたび舌打ちをする「残雪」の肩を、雪彦はとんとん、とつつく。

「なんだよ」

 行彦は、ノートに残雪が書いた「有なんとか?」の横に、謝、と書いた。たしか中国語ではこれがありがとうという意味だったような、気が、する。それから続けて、我、すこし字間をあけて、行彦。

 毒気を抜かれたような顔をして黒い目の少年はその字をじっと見つめ、そして自分のペンでその横に「残雪」と書いた。

「ざんせつ」

 行彦がそう言うと、残雪は少しがっかりしたように、小さく息をついて、言った。

「ツァンシュエ」

 バキリはひっくり返りそうな椅子のバランスを取りながら、スマートフォンの画面を面白そうに眺めている。

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・△さんとのリレー小説です。続き「越境6

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