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ぼくはあなたを忘れない

『おはようございまーす。今日も1日よろしくお願いしまーす。』
交番のおまわりさんの朝は早い。朝礼は8時には始まるから7時半には署に着いてなきゃいけない。

誰か早く労基に駈け込んでくれ。
全国の警察官が思ってることランキング栄えある第一位は間違いない。

なんにせよ、朝7時くらいから9時頃までは朝礼や交番の交代で忙しい。朝の通勤時間帯に交通取り締まりの現場をあまり見かけないのはそのせいなのかもしれないけれども秘密にしておいてほしいし、たまに見かけるので全然やってないわけではない。

『んじゃ今日は10時いつものところでな。すまんな。』
朝礼が終わり、保管庫で拳銃を装着している最中、交通課の江村係長から声がかかる。最近は署長が交通違反取締の件数にうるさい。どやされる上司の姿が署長室に散見されるのも、今の署長に変わったこの4月からだ。署長は警備畑出身で刑事や交通には少々疎い。交通畑出身の副所長も、署長のパワハラに精神を病む部下が多いことに頭を悩ませている様子。個人的に署長に対しては〇ねばいいのにと思っている。お前にも家族がいるだろう。その家族がされて嫌だろうことは部下にもするんじゃねえよと。

『はーい、こっちに停めてくだーい。はいはいこっちこっちー。運転手さん今携帯見てましたので交通違反となります。免許出していただけますか?』
10時になり、国道端の制限速度50キロの市道で交通違反取り締まりを始める。取り締まりのコツは『携帯見てましたよね?』などとは聞かないことだ。だいたいは押し問答になって、やったやらないの不毛なやり取りになってしまう。どうやってもそうなる輩はいるのだが、そういった連中は交番に連れ込んで調書を取らなければならない。簡易裁判のための書類らしい。裁判になった場合の99%は警察が負けないといかいう話を聞いたことがあるが真偽は知らない。そもそも、警察官の視認なんていう曖昧なものが証拠として認められている以上、交通違反者に勝ち目なんて無い。警察官も人間だから交番で調書とるなんてめんどくさいことはしたくない。男がよく出すあのやるのかやらないのかみたいな雰囲気よりめんどくさい。なので警察官は基本的に【絶対やったな】【これは自覚あるだろうな】っていう違反にしか声をかけない(たぶん)

『今日は12件ですか。携帯、シートベルト、赤無視・・・』
2時間程の取り締まりを終えて交番に帰って切符の後処理をする。違反を視認した様子だとかは図にして書くし、視認時間も詳細に報告しなければならない。これがまためんどくさいけども仕事だし仕方ない。交番勤務は基本的に3交代24時間勤務だから、処理した切符は当直明けの朝に交通課に持っていくのだ。

『お疲れ様でえす。昨日のやつです。』
本署で当直明けの江村係長に手渡す。交番勤務以外の警察官は月に数回の本署当直勤務がある。当直の翌日は基本的には休みなのだが、なぜか皆普通に定時まで仕事して帰っていく。労基に誰か早くry
『いつも交通課の取り締まり付き合わせてるな。次の勤務日は来なくていいから交番の仕事やってくれ。調書とか報告たまってんでしょ。』
警察官も人の心が残っている人は多い。だいたいはクズであるのは否定しない。

24時間勤務に疲れ果てて昼前に帰宅したわたしは泥のように眠りにつき、起きたらもう暗い。明日は休みだしパチンコにでも行こう。そう思ってP-〇-ルドを見ていたが財布を署に忘れていたことに気付いた。コンビニ行きがてら署のロッカーに寄ったわたしを当直勤務の先輩がからかう。
『こんな夜中に出勤とは殊勝だねー』
『おつかれさまでえす(うるせえよはげ)』
交通課はまだ明かりがついていて、数人が残っていた。今の署長のうちは交通課にはいきたくない。断固拒否。白髪鬼並みの断固たる思い。自販機で買ったコーヒーを交通課に配給して帰宅した。

平日のパチ屋は大回収につき大負け。夜は5万円の牛丼。なにがエクストリームラッシュだアマゾンゲームだ。髪の毛チリチリにしてやんぞドン助。こんなことになるならたまってる仕事を片付けていたほうがましだったなんて思いながら飲む翌朝出勤日のファミマのコーヒーは塩辛い。

そんな朝に限って朝イチ現場急行の案件。よくある行きたくないやつ。
現場の車庫では奥さんが泣いていた。天井の鉄筋からぶら下がっていた人を、先に駆け付けた警察官が下している。下されたのは冷たくなった江村係長だった。遺書には家族の不仲や友人関係について書かれていたと聞いたけれども、わたしは信じていない。


殺人だと思ってます。


どんなに言ってやりたかったか。


署長、ぼくは忘れませんからね。





(この物語はふぃくしょんです)

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