なぜ跳び箱を飛ばなければいけないのか?

私は運動音痴で、昔から体育は苦手だ。

体育の授業は本当に苦痛で、
よくタイムスリップできるとしたら、いつに戻りたい?
と聞かれたりするが(この質問も好きではない)
学生時代には本当に戻りたくない。

表題の通り、なぜ跳び箱は飛ばなければいけないのか?

跳び箱を飛ぶことを学んで、いったい何の意味があるのか?

跳び箱を飛べる、飛べないで成績をつけていいのか?

この間、テレビで超巨大な跳び箱を飛ぶサーカスの人を見て
跳び箱って何で全員飛ばなければいけなかったのだろう?
運動神経のいい人たちの能力を伸ばすためだけに使えばいいのに
なぜ体育な苦手な人まで嫌な思いして、
あの箱を飛ばなければいけないのだろう?と強く思った。

運動全般苦手な自分は、体育教師とも中学時代から
そりが合わないことが多く、苦手な先生ばかりだった。
体育教師ってなぜみんなあんな雰囲気なのか?
高圧的だし、運動できない奴は落ちこぼれ的な。
本当に嫌な思い出しかない。

今は絶対評価で成績が決まるけれど
私の時代は中学2年くらいまで絶対評価ではなかった。

だから尚更、大きい箱を飛び越えられる奴が成績よく
大きい箱を飛び越えられない奴は低評価。

この意味が本当に理解できない。

体育を難なくこなせていた人にはわからない、コンプレックス。

体育コンプレックスは根深いし、今でも思い出したくもない。

日本の公立教育は本当に最低だけど、体育がもっとも差別的で
最低最悪な成績評価基準だと思っている。

戦前から変わらないスタイルのせいか
今でも戦地に行くために体を整えなくてはならないとでも
思ってんのか?
まだいつでも兵隊に行けるような教育がしたいのか?

マジでいい加減にしろ案件。日本の体育の授業。

本当に、なぜ跳び箱は飛ばなければいけないのか?

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riri

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