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水谷川優子&黒田亜樹1月29日 ヴィラ=ロボスへの讃歌 演奏会用プログラムノート


水谷川優子(チェロ)&黒田亜樹(ピアノ)BLACK SWAN ~ヴィラ~ロボスへの讃歌~

☆ 2021年1月29日(金) ハクジュホール

☆ リハーサル鑑賞:15:30-17:00 (15:15 ロビー開場)

☆ 本公演:19:00- (18:30開場)

※ リハーサル公演は本公演で予定されている全ての曲目を演奏しない場合があります。

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プログラムノート

H.ヴィラ=ロボス(1887~1959)は、南米のみならず、20世紀を代表する作曲家の一人です。ヨーロッパの模倣の時代を過ぎ、ブラジル独自の音楽言語を作り上げるのに大きな役割を果たしました。有名な《ショーロス》、《ブラジル風バッハ》の他に、室内楽、歌曲、交響曲、オペラなど、推定800曲近くもの作品を残しました。彼はパリに約10年間滞在して多くの芸術家と交流し、またブラジルでの音楽教育にも貢献し、晩年には指揮者として国内外を飛び回るようなバイタリティの持ち主でした。彼の音楽はブラジルの大地から生まれたもので、ダイナミックかつ独創的で、まぎれもなく彼は「ブラジルのクラシック音楽界の巨匠」です。

学者でアマチュアの音楽家でもあったヴィラ=ロボスの父は、息子の音楽の才能を早くから見抜き、当時6歳の彼にチェロに教えてクラシック音楽の手ほどきをしました。彼の人生の上でも、作曲をする上でも、チェロは特別な楽器となっていきます。

ヴィラ=ロボスは10歳にもならない頃、ピアニストである叔母が弾くヨハン・セバスティアン・バッハ(1685-1750)の《平均律クラヴィーア曲集》に心を奪われました。ほぼ独学で創作活動を続けた彼は「対位法というものを、バッハとショーロ(即興演奏を楽しむブラジルの大衆音楽)の仲間たちから学んだ」と語り、「バロック音楽とブラジルのポピュラー音楽には共通する部分がある」と信じていたようです。

このように、ヴィラ=ロボスの作品は“チェロ”と“バッハ”抜きには語れないとも言えます。

曲目解説

■《黒鳥の歌 O canto do cisne negro》 W122 [1917] 

“o cisne negro”は“黒い白鳥”?それとも“黒鳥<コクチョウ>”?ここでは通称の《黒鳥の歌》のままにしておきます。CDのタイトルとジャケットのイメージキャラクターにもなっている《黒鳥の歌》はチェロとピアノの作品の中でも演奏される機会の多い作品で、サン・サーンスの《白鳥》を思い起こさせる、ヴィラ=ロボス風の“黒い”《白鳥》です。チェロが主旋律を受け持ち、ピアノがアルペッジョで伴奏するというところが共通しています。ピアノはきらきらと光り輝く水面を、チェロは瀕死の黒鳥を描写しているといわれています。ヴィラ=ロボスが作曲した交響詩《クレオニコス号の難破Naufrágio de Kleônicos》[1916]の中から抜粋されたのがこの《黒鳥の歌》で、チェロとピアノ用、ヴァイオリンとピアノ用に編曲されています。

■《チェロ・ソナタ第2番 Cello Sonata No.2, Op.66》 W103 [1916]

Allegro morderato
Andante cantabile
Scherzo. Allegro scherzando
Allegro vivace sostenuto


1915年に書かれた《第1番》は紛失したため、実在する唯一のチェロ・ソナタですが、“ソナタ”というよりも4つの楽章をもつ“組曲”に近い内容を持ちます。ヴィラ=ロボスは自分のお気に入りのテーマをアレンジして繰り返し引用することが多く、この作品の第1楽章の冒頭のテーマは、その22年後に誕生した《ブラジル風バッハ第1番》の第1楽章のオープニングテーマとして引用されています。ヴィラ=ロボスの最初の妻であるルシーリアLucíliaはピアニストだったため、チェロとピアノのための作品を初演する際にはヴィラ=ロボスとよく共演しています。《チェロ・ソナタ第2番》の初演のチェリストはヴィラ=ロボスではありませんでしたが、やはりピアノはルシーリア。非常に高い演奏技術を持ったピアニストだったことが推測されます。

~~~~~~~~~~~~ 休憩 ~~~~~~~~~~~~~~~~~

■ブラジル風連作 シクロ・ブラジレイロ Ciclo Brasileiroから~ 

第2曲《セレナード歌いの印象 Impressões seresteiras》 W374 [1936]

ヴィラ=ロボスの室内楽ソロ作品の中で、その作品数も多く、名曲ぞろいなのがピアノ曲。“ブラジル風”というその名の通り、民族的な要素を前面に出しているこの連作(全4曲)は、仕事面でも最も充実した時期に書かれ、完成度が高い作品です。“Seresteiro”とは、夜のリオの街の“セレスタ(ブラジル風セレナーデ)”を奏する人”のこと。感傷的なブラジル風ワルツで、2番目の妻、アルミンダArmindaに献呈されています。

■《さすらい Divagação》 W461 [1946]

チェロとピアノのための作品はそのほとんどが26歳から30歳までの間の若い頃に作曲されていますが、約30年間のブランクを経て、59歳の時に《さすらい》は書かれています。ほとんどの楽器を演奏することができたといわれるヴィラ=ロボスは、楽器の特性を生かしたユニークな作品を書くことを得意としていました。彼は《さすらい》の中でチェロを打楽器に見立てて、チェロの響板を叩くという奏法を用いて独特の雰囲気を作り出しています。“通好み”の晩年の傑作と言えるでしょう。

■歌曲集<セレスタスSerestas> より No.5 《モジーニャ Modinha》 [1926]

歌曲集<セレスタス(全14曲)>はヴィラ=ロボスが若い頃に旅して集めたブラジルの詩をもとに書かれたといわれる“ブラジル風セレナータ名曲集”です。宗教曲も含めると200曲以上あるといわれる彼の歌曲のうち、この曲集は人気曲の一つとしてあげられます。<セレスタスSerestas>のほとんどは1925~26年にパリで作曲され、ブラジルへの郷愁が感じられます。オリジナルは<歌とオーケストラ>(W215) [1926]、<歌とピアノ>(W216) [1926]のために書かれたものですが、この第5番の《モジーニャModinha》のみ、歌とギター版(W534) としてヴィラ=ロボスが1956年にアレンジしています。ポップスの歌手に歌われることやほかの楽器で演奏されることもありますが、本日は特別にチェロとピアノで演奏されます。

タイトルの“モジーニャModinha”は18世紀頃にポルトガルに発祥したとされ、ブラジル各地に伝承されてきた抒情的な歌謡曲を意味し、《ブラジル風バッハ第1番》の第2楽章、《第3番》の第3楽章、《第8番》の第2楽章の副題にも使われています。おそらくヴィラ=ロボスのお気に入りの言葉だったに違いありません。

※解説の最後に、この歌曲の歌詞と対訳を載せました。ご参考までに。

■《小組曲 Pequena Suíte》 W064 [1913] 

Romancette
Legendária
Harmonias Soltas
Fugato (all’antica)
Melodia
Gavotte-Scherzo


6つの短い作品からなる《小組曲》は、ピアニストのルシーリアと結婚したその年に書かれています。他の初期の作品と同様、後期ロマン派の色彩が濃く、まだ彼らしいエキゾチックで民謡的な個性は見られませんが、26歳の若さですでに高い作曲技術を身につけていたことが分かります。ヴィラ=ロボスがチェリストとして活動していた時期に作曲されたもので、リオでの初演はヴィラ=ロボス自身がチェロを演奏しています。将来の作品の前兆ともいえる特徴があちらこちらに見え隠れしています。一度聴いただけでは魅力がわかりにくい部分もあるかもしれませんが、聴けば聴くほどに味わいが増してくる作品です。

 《ブラジル風バッハ》について

このシリーズは1930年から45年までの15年間(43~58歳)に全部で9曲作られました。1923年にパリに移り住み、ヨーロッパ滞在中は連作《ショーロ》のような民族色豊かな作品を多く書いた彼ですが、1930年に帰国してからは全世界に向けて自分にしか書けない音楽を表現しようと試みます。偉大なバッハの普遍的な音楽性への憧れも込められています。《第9番》以外の各曲の楽章全てに“バッハ風”と“ブラジル風”の2つの副題がつけられていることや音楽的内容を考えると、“バッハ風そしてブラジル風の音楽”といったところでしょうか。

■《ブラジル風バッハ第2番Bachianas Brasileiras No.2》から [1930]

“チェロ・オーケストラ”というスタイル(8人または16人)で作曲された《第1番》、ソプラノ独唱を加えた形の《第5番》が有名ですが、それらと肩を並べるぐらい人気の高い作品がこちらの《第2番》。“バッハ風”の要素よりも“ブラジル風”の要素が強い作品です。第3楽章がピアノに編曲されていますが、それ以外の3つの楽章はピアノとチェロに編曲されており、本日は第2、4楽章の2曲が演奏されます。

■2楽章 アリア:われらが大地の歌Ária: O canto da nossa terra W250

ニ短調の暗い和音から始まるこの歌は、文法に忠実に訳すと“わがふるさとの歌”ですが、音楽に耳を傾けると“ブラジルの大地から聴こえてくる歌と踊り”という印象を受けます。雰囲気ががらりと変わる中間部について、「ブラジルに伝わる密教の踊り“カンドンブレ”、“マクンバ”の情景を表している」と濱田滋郎氏がご自身の解説に書かれています。

■4楽章 トッカータ:田舎の小さな汽車Toccata: O trenzinho do caipira W 254

カイピーラcaipiraは“都会で暮らす土地を持たない農民(小作人)”という説、“田舎者”という説、“田舎の文化”という説など、いろいろな解釈があります。田舎を走る小さな汽車が出発して終着駅に停車するまでが見事に音で描写され、最もヴィラ=ロボスらしい作品の一つです。子供の頃、父親に生活音の音程を当てる訓練をさせられたという逸話が残っていますが、その時の技がここに生かされているのかもしれません。オリジナルはオーケストラ版で、聴き比べも楽しめます。

解説:市村由布子(ヴィラ=ロボス研究家)


歌曲集 <セレスタス Serestas> から 第5番 モジーニャ Modinha (W216) [1926]

詞:マヌエル・バンデイラManuel Bandeira  (市村由布子訳)

Na solidão da minha vida

Morrerei,querida,

Do teu desamor

Muito embora me desprezes,

Te amarei constante,

Sem que a ti distante

Chegue a longe e triste voz

Do trovador.

人生の孤独の中で

私は死んでしまいそう、愛する人よ

あなたはもう私を愛していない

たとえあなたが私を拒んでも、

私はあなたを変わらず愛することでしょう

あなたの心が離れても

吟遊詩人の 遠く悲しい声が届くでしょう

Feliz te quero!

Mas se um dia

Toda essa alegria

Se mudasse em dor,

Ouvirias do passado

A voz do meu carinho

Repetir baixinho a meiga e triste confissão

Do meu amor.

あなたは幸せになってほしい

いっときではなくずっと

この喜びのすべてが痛みに変わったら

あなたは過去から聞くでしょう

私の愛情深い声を

そっと繰り返す

私の愛の 甘くて悲しい告白を

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