「働き方改革」で感じる懸念etc.

私やインサイトフォースは別に「働き方改革」の専門家ではないのですが、ちょくちょくそれらの取り組みの実情が耳に入ったり、その文脈背景のなかで「事業レベルでの生産性を高める」テーマのご相談をいただくことがあります。

色々お話を伺いつつ思うのは、事業の生産性を高めるときに、無駄な業務プロセスの見直しはもちろん必須なのですが、最後の最後は、結局のところは

「収益性の低い顧客・サービス・業務から、手を引くことなしに、短い時間で高い成果を産むことは難しい」

ということに行き着きます。

乱暴に言えば、生産性を高めるには、、

1.個人レベル:業務スピードを高める(根性含む)

2.業務プロセスレベル:無駄を省く~再構築する

3.事業レベル:儲からない事業・サービス・顧客から手を引く

の3つがあるのですが、3の話は要するに、身も蓋もない話ですが「捨てる」ということです。

(もちろん、より儲かる顧客・サービス・業務にシフトさせるということでもあります。シフトさせるものがなければ、人が余るので、モラルはさておき、本来は人を減らさないと生産性はあがりません・・・)

日本企業の一般論として1~2はわりと頑張れるのですが、3になると組織文化によってはとても難しく、「単体では収益性は低く見える顧客やサービス」でも、会社の総務や家賃などの全体共通費は負担しているため、低収益な顧客・サービスから手を引くと、「これまで儲かっていた事業も、儲からなくなるように管理会計上は見えてくる」ということも発生します。(つまり、リソースをシフトさせる先の顧客・サービスの売上がないままに、固定費も維持して減らさなければ、単なる減収減益になりかねないのです)

このあたりが堂々巡りとなり、結局現状維持でした、チャンチャン・・・というオチの会社が多発しそうで恐い。

私が言うと、経営サイドのポジショントークに聞こえがちですが、生産性を高めることなく、仕事する時間が短くなって、給料も減らない、って、そんな甘い話に持続性はないのですよね。

「働き方改革」というラベルは、なんだかポジティブで甘美な話に聞こえますが、その本質は生産性改革であり、痛みと抵抗の伴う「捨てる」話は避けて通れないという。

これは経営陣にも、現場の働き手にも、すごくシビアな話です。けっこう大変だけど、その本質を覆い隠す”ラベル”なのが色々とミスリードをうみ、日本中で「こんなはずじゃなかった働き方改革プロジェクト」が生まれてそうなのも恐い。

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以前、冨山和彦さんの書籍で「企業経営でブームとなった”選択と集中”というのは、対義語になっていなくておかしい。本来であれば”選択と廃棄”でなければおかしい。廃棄が使われないあたりが村社会の和を保つことが大事な日本企業のメンタリティを表している」というような主旨のことが書いてありました。*細かい文言や文脈はかなり曖昧な私の記憶なので、かなりいい加減な意訳です^^;

上記の指摘と同様に、現在ブームとなっている「働き方改革」というキーワードも、「残業を減らす働き方へ」というコインの表側ばかりが語られ、その裏側にある「生産性改革」への言及が少ない。
だからこそこれだけ広く受け入れられる社会的なキーワードとなっている面もあると思うのですが、同時に企業とそこで働く社員にとって、実効性ある成果にならないプロジェクトが増えないように、各現場で留意していかないといけないな、と感じました。

特に有効で抜本的な解決策は無く、それぞれ現場が本質を外さぬようにやりきるしかないのですが、事業レベルの話は現場判断の話ではなく経営判断そのものですし、ましてや人事~労務レベルの話ではないのですよね。

少しそんなことが気になり、週末にボソボソ書いてみました。うむ、ただの言いっ放しです…

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