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「非常識に見えて、基本に忠実な戦略」勝手に戦略考察ソフトバンク_01

昨日、ソフトバンクの営業利益が初の1兆円超えという決算が発表されました。しかも国内で営業利益1兆円超えまでにかかった年数は、NTTが118年、トヨタが65年、ソフトバンクは33年という最短記録とのこと。

【参考記事】
ソフトバンクがドコモ超えて売上首位 孫正義社長、ボーダフォン買収時を振り返る「当時はSB役員すら笑っていた」

ソフトバンクは、過去10年という単位で見ても他に類を見ないほど急激に国内で認知と好意を高め、成功したブランドと言えそうです。

でも、本屋さんを覗くと「孫正義」という人物の人生を掘り下げた本は山のようにあるのですが、「ソフトバンク」という企業の戦略面を、特にブランド~マーケティングの側面で掘り下げた本は意外にも見かけません。
*白い犬のお父さん本はいくつかありましたが、それは広告施策の一部

ならば外部から見える情報で勝手に考察して学んでみよう・・ということで、「勝手に戦略考察」シリーズ第一弾(?)として、ソフトバンクさんを勝手に考察してみたいと思います。

*コンサル案件と異なり時間をかけてリサーチする暇もなく、ざっくりとした印象に基づく考察になることご容赦ください。(事実関係や数字の誤りがあったらごめんなさいと先に謝罪)

非常識に見えて、実は基本に忠実な戦略

ソフトバンクは、世間があっと驚くような企業買収や新規事業への参入を唐突に、まさに想定外の発表を繰り返すため、世の中の多くの人からは奇抜で非常識な戦略と思われがちです。

たしかに他社にないスケールの投資金額=事業への掛け金を積んでインターネットプロバイダー事業や携帯電話キャリア事業を始めるようなことを繰り返すため、非常にアグレッシブにリスクをとっていると言えます。
その積極的にリスクを取る姿勢によって非常識に見えがちですが、実は事業に参入した後の戦略は極めて教科書的でオーソドックスなのが特徴です。

具体的には“ランチェスター戦略”の基本に沿った事業展開が多く、事業参入直後の弱者から強者に至るプロセスで、しっかりと戦略の型に沿って忠実に使い分けているように見えます。(*ランチェスター戦略とは、第一次世界大戦の頃に英国人エンジニアであったF・W・ランチェスターが戦力と成果の関係性を定量的に分析して得た法則に基づき、企業戦略に応用発展したもの)*興味ある方は、検索してみてください。


まずは自らを弱者のチャレンジャーとして位置づけて、差別化を重視し、局地戦に集中して足場を固める

新しい事業に参入したときは、言うまでもなく弱者です。ソフトバンクでいえば、YahooBB!でインターネットプロバイダー事業に参入したときにはNTTが強者として君臨していて、ボーダフォンを買収してソフトバンクモバイルとして携帯電話キャリア事業に参入したときはNTTドコモという圧倒的な強者となる競合が存在していました。

ソフトバンクはこのようなとき、まずは弱者の戦略としての基本を踏まえ、マーケティングとしていきなり無謀な全面戦争は仕掛けずに差別化戦略をとり、局地戦に徹します。
この戦略セオリーは非常に重要なものですが、日本の企業の多くは、チャレンジャーで弱者にも関わらず、王者ブランドに対して差別化ポイントを絞りこめず「全面的にうちの商品・サービスの品質が良い」と総合力を訴求し、王者の前に敗れ去った例が沢山あります。特に、メインの事業が王者の場合、新規参入の事業でも、知らず知らずのうちに染み付いた王者に最適化した意思決定パターンを引きずって失敗していることが多いのです。)


市場参入後の最初の差別化は、まずはシンプルに低価格(と知覚させる)


ソフトバンクは、市場に新規参入したときは、まず最初の差別化はシンプルに「低価格」であることを武器にすることが多く、YahooBB!ではADSL回線の価格破壊を起こし(2001年当時、ADSL事業の多くが1.5Mbps接続で月額4,000円から6,000円だったのに対し、YahooBB!は8Mbps接続で月額3,017円という低価格で参入)、モバイル事業では参入後に「通話0円、メール0円」「端末全機種0円」などと訴求する広告を新聞などで展開しました。

モバイルの価格表示をめぐっては公正取引委員会が警告を出し、NTTドコモやauなどの競合を含めて、わかりにくい表記を是正するという出来事はありましたが、消費者に対して「ソフトバンクは低価格である」というブランド知覚価値はしっかり植え付けることに当時は成功していました。
あえて知覚と書いたのは、モバイルの料金は様々な条件の組み合わせで変動するため、すべての局面でソフトバンクが安かったわけではないためです。実際の市場競争力を高めるためには、多くの人に安いと認識させることが重要となります。

その後、auが元々力を入れていたものの、NTTドコモ追撃のために総合化訴求に舵を切って手を緩めだした”学生向け市場”という局地戦でソフトバンクはサービスと訴求を強化することを経て、差別化戦略の総仕上げとして大きな成果を挙げたのは、みなさんも良くご存知のアップルのiPhoneを国内携帯電話キャリアとしていち早く導入したことです。

2008年7月のiPhone発売からはiPhoneの拡販にリソースを集中させ、どのキャリアよりもいち早くスマホ市場に投資を集中特化することで差別化してきました。このいち早いスマホシフトが、価格頼みの差別化戦略からの脱却につながり、ビジネスを躍進させていきました。

*ソフトバンクは低価格で顧客を獲得したあと、着実に顧客単価を高める施策にも熱心です。YahooBB!はオプションサービスの付加、モバイル事業はスマホシフトによって顧客単価を高める努力を着実に実施しています


成功したチャレンジャーの差別性は、王者が模倣して無力化する

しかし、ソフトバンクがビジネスを伸ばせば、競合でより上位ブランドとなるNTTドコモとauも黙ってはいられません。強者の戦略セオリーは、弱者であるチャレンジャーのブランドの差別化施策を模倣し、その効力を無くすことです。(同時に強者に模倣されたということは、ソフトバンクの施策の有効性が高いと証明されたようなものです)
ソフトバンクがiPhoneによって躍進したのであれば、上位のブランドもそれに倣って、auは2011年10月、ドコモは2013年10月よりiPhoneを導入し、ソフトバンクモバイルの差別化戦略は軌道修正が必要になりました。

iPhoneという商品が差別化につながらなくなると、キャリア間の差別化施策は、ネットワーク品質(速度とつながりやすさ)、価格の安さ、ネットワークサービスなど、打つ手が限られてきます。しかし、どのキャリアも持続的に差別化できるものが見出だせず、コモディティ化の中で難しい舵取りとなっているのが本音ではないでしょうか。(コモディティ化と言いつつも、ソフトバンクも弱点と言われたネットワーク品質改善に地道に投資をしてリカバーし、フィンランドのモバイルゲーム会社スーパーセルに51%出資してネットワークサービスを拡充するなど、着々と布石はうっています)

*ちなみにコモディティ化の終着駅として価格競争を仕掛けても、3キャリア全てが収益を減らす消耗戦になってしまい、キャリア側は誰得?です。そのため互いに牽制しながらも、そこまで低価格化は進まないと見ています。(低価格ニーズは、MVMOと呼ばれる無線通信インフラを他社に貸して、他社が独自ブランドで展開するサービスでカバーする目論見でしょう)


国内市場コモディティ化という文脈から、ソフトバンクが米国スプリントを買収したことを捉えなおすと、ソフトバンク自身が海外市場に打って出て成長を求めるという前向きな動機だけでなく、国内市場はすでに差別化が難しくコモディティ化が避けられないと考え、次なる成長投資の軸足は国内モバイル業界にはないと先読みして見切った危機感も同時に感じます。おそらく今後の国内モバイル事業はキャッシュカウ(安定した収益を産み出し、追加投資をあまり必要としない金のなる木)と位置づけ、国内で得た収益を海外モバイル事業などの新規事業投資に回すのが基本戦略となるのでしょう。

その証左として、ソフトバンクは2014年夏から恒例の商品発表イベントも取りやめるというニュースもありました。少なくとも現時点では端末商品での差別化は見切りをつけているように見えますし、孫さんが国内モバイル事業にコミットしている様子はメディア報道からは感じられません。

巨額な投資のリスクテイクは非常識でマネできないが、戦略セオリーに沿った意思決定は誰でもマネできる

ソフトバンクは、アップルからのiPhone調達やスプリントの買収など、ひとつひとつの目玉となった施策に目を向けると、そこには強い交渉力や大規模な資金調達力など、派手なミラクルに目が奪われます。
しかし、それらの施策の背景にある大きな幹となる戦略は、実にオーソドックスでセオリーに沿ったものなのです。企業は戦略が良くても、実行施策がしょぼければ成果は出ません。同様に、どんなに施策の粒が良くても、それが大きな幹となる戦略と合致して、束ねられていなければ単発の打ち上げ花火にしかならず、ビジネスの成果として効率的に積み上がっていきません。

孫さんの巨額なリスクを伴った投資意思決定は、誰にでもマネできるものではありませんが、その裏にある戦略セオリーは誰でも学べ、すぐに活用できるものといえるでしょう。

最後にひとつ補足すると、ソフトバンクのモバイル事業躍進の印象からは敵なしの連戦連勝のように見えるかもしれませんが、インターネットプロバイダー事業であるYahooBB!は、回線技術の主流がADSLから光回線へとシフトするプロセスの中で、王者NTTに迫る戦える方法を見いだせておらず、現状ではNTTの『フレッツ光』という商品を販売する方向にシフトしています。

打倒NTTを掲げて参入したものの、無謀で勝ち目のない正面衝突はせずにNTTの商品を売る役割に徹しつつあるその姿は、ソフトバンクの合理主義を表しているようです。とはいえ、孫さんがぶちあげた『光の道』構想など、競争の構図をひっくり返すためのウルトラCは常にしぶとく考え続けているのも、No.1を目指すソフトバンクらしさと言えるでしょう。
*「光の道」構想は賛否両論がありましたが、そのあたりの孫さんのPRや着眼点なんかも、そのうち勝手に考察してみたいと思います。

ざっくり考察でしたが、大成功企業といえるソフトバンクの裏側にある基本戦略からは、色々と私たちが学べることがありそうです。
戦略の教科書のセオリーというのは、意識の高いビジネスパーソン(?)であれば、誰もが一度は目を通し、知っているはずです。しかし、戦略論は、知っているのと意思決定に活かしているの間の溝は大きく、意外と現実の経営判断には活かされていません。読んでいただいた皆様も、一度自社のポジションと戦略パターンの整合性を再確認されてみてはいかがでしょうか?当たり前の考え方にみえて、意義深い発見が得られることは多いものです。

P.S
しかし、文章が長いですね(苦笑)。
反響を少しでもいただければ、また時間がとれたとき「勝手に考察ソフトバンクその2」を書きます。

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