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アートとビジネスの交差点―『クリエイティブの練習帳』出版記念講演&ワークショップ(2)

10月29日に開催された、アイデアを発想するためのワークブック『クリエイティブ』の練習帳を題材とした出版記念講演&ワークショップ。(主催:一般社団法人ビジネスモデルイノベーション協会・フィルムアート社)

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「クリエイティブ」の練習帳 発想力をとことん鍛える100の難問
ロッド・ジャドキンス=著|島内哲朗=訳(フィルムアート社・2019/9/26)

日本語版出版を働きかけ、イベントの企画に携わった豊島考作氏による、冒頭のイベント開催経緯とワークショップをご紹介する。(文:豊島考作/編集:片岡峰子/写真:小山龍介・片岡峰子)

デザイン思考のその先に?

豊島考作:今日のワークショップは、先日フィルムアート社から出版された『クリエイティブの練習帳』ですが、この本の著者ロッド・ジャドキンス氏の前著がこちらにある『クリエイティブの処方箋』(フィルムアート社  2015/8/25)です。

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「クリエイティブ」の処方箋 行き詰まったときこそ効く発想のアイデア86
ロッド・ジャドキンス=著|島内哲朗=訳(フィルムアート社・2015/08/25)

これは具体的なテクニック集。この本に出会って以来、私は著者のジャドキンス氏の動向をロックオンしておりました。そして、2017年に『クリエイティブの練習帳』の原著「The ideas are your only currency」が出版されまして、さっそく手にとったわけです。

今では耳馴染みある言葉になった「デザイン思考」。これの先は何だろう? 「アート思考」がいずれ来るんだろうな、と考えたときに、では、そのアート思考を養うにはどうするんだろうか? 美術館に行く? 一流の芸術家の演奏を聴く? ……? やはり、ビジネスの文脈からそれを取り込もうとしたら、何かしらの方法論が必要だろうと思いました。

そしてこの本が、その方法論を「お題に対し、具体的に手を動かして創造力を喚起する」という形で提示していたことが、ともすれば空中戦になりがちなアート思考の話に一石を投じうる、と思ったのです。

ただ、2017年当時は、今ほど「アート思考」が言及されることが少なかった気がします。それで、当時の私は、「この本おもしろいけど、ビジネスマンに『課題を再定義するために絵を描きましょう!』と言ってもポカンとされて終わりだよね。」と思いまして(笑)ひとりで楽しんでいたわけです。


アート思考のムーヴメント

そして月日は流れ、「ようやくアート思考のムーヴメントが来た」と感じた私は、今年3月、無謀にも最初は自分で翻訳しようと翻訳出版の企画書を作りました。企画書を持ち歩いて、いろんな会社さんに持ち込んだ結果、ある出版社さんとご縁をいただくことができ、そこから本国(英国)の出版社にあたったら、2ヶ月くらいの沈黙の後、「前著を翻訳した実績のある出版社さん(フィルムアート社)でやります」と(笑)。玉砕です。

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涙を呑みながらも「晴れて日本語版が出版されるんだからいいんじゃないか」と思い直していたところ、僥倖とはあるもので、今年5月、たまたまフィルムアート社の親会社に勤める大学の先輩と再会。すぐにフィルムアート社ご担当の千葉さんにご紹介いただき、本日のイベント開催に至りました。

著者のロッド・ジャドキンスは、アップルやサムスンのような企業、病院、それから著者が教鞭を執るセントラル・セントマーチンズ大学の学生、いろんな場所で「創造的思考法」を教えている、いわば創造的思考法の伝道師みたいな方ですけれども、ようやくこの著者の方法論を日本語で接することができる日が来た、と。

出版が決まってから、FASHINSNAP.COMさんにもプッシュされたりしました。FASHIONSNAP.COMさんは、ファッション系のメディアです。著者のいるセントラル・セントマーチンズ大学(通称「セントマ」)は、ファッション系のアート・スクールで有名なんです。ジョン・ガリアーノとか、アレキサンダー・マックイーンとか、有名な卒業生がたくさんいます。ファッション系ではないですが、ジェームス・ダイソンもここの卒業生です。私の母がオートクチュールのファッションデザイナーですので、少しは親孝行ができたんじゃないかと思っています(笑)


手を動かして創造的思考法を喚起する

さて、本書序文には「ほぼ全年齢対応型」と書かれてますが、うちの4歳の息子もおもしろがって描いたりして、親子で一緒に取り組むことで家族の中も深まる、なんて副次的効果もあります。こういったワークブックでありがちなのが、「使い方がよくわからない」問題。読んで見るとわかりますが、すごい難問があったりするんですよ。「無限のシンボルをデザインしてください」とか。だったら、みんなでやったらいいんじゃないかと、今日はこのあと実際に難問に挑戦します。

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ジョン・ケージの偉業

小山先生の話に出てきたジョン・ケージ。私は音楽家でもあるので、ジョン・ケージについてちょっと追加の話をします。有名なのは4分33秒ですが、すごく長い曲もあります。演奏が終わるまでに639年かかる曲。演奏が始まったのが2001年、そして最初の二年くらいは休符で、最初に音が出たのが2003年です(笑)。曲名はオルガン2/ASLAP、as slow as possible、「なるべくゆっくり演奏してくれ」と言います。元は8ページの楽譜で、演奏時間が奏者に委ねられている曲でもあります。

さらに、上には上がいて、1000年かかる曲もあります。ジェム・ファイナーという人の「ロングプレイヤー」、2000年1月1日に演奏が始まりました。「人生100年時代」とか言ってる場合じゃないですね(笑)。

小山先生が「意味を見出す」とお話しされましたが、この長い曲に何の意味があるのか。「音楽は時間の芸術」という定義、これは、私が学生時代にお世話になった、ゴダイゴのプロデューサーもされていたジョニー野村さんの言葉ですが、音楽には、非常に短い時間的推移のパルスの中に緻密に構造を組み立てていく側面が認識されやすいのですが、639年、1000年という長さは、音楽の固定観念そのものに揺さぶりをかける、ふだん我々が音楽を音楽と捉えているそのものに対する疑問符ともとれます。

ちなみに仏教用語に「刹那」と「劫(こう)」って時間の概念があって、刹那は1/75秒のことだそうですが、劫は、一片数十キロの岩を一年に一回ほうきで掃いて、その岩がなくなるまでの時間だそうです。要はとんでもなく長い宇宙論的な時間の単位のことですが、スピードが要求される現代、だからこそ気長に捉えることも重要ということでしょうか。

課題を捉える視点のアップデート

今日のワークの目的はまず「使い方を知る」ことです。何の気なしに本をめくって、いきなり「空気で膨らむ折り畳み式大聖堂をデザインしてください」となると、思考停止しちゃう人もいるんじゃないかと思うんですよ(笑) なので思考停止しないためにみんなでやると。

2つ目の目的は、ワークを通じて「課題を捉える視点をアップデートする感覚を掴む」です。先程の小山先生の話にもありましたように、課題を捉え直す、問い直す、そういう感覚を掴んでいただけたらと思っております。

ーそして、ワークに進みます。

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ウォーミングアップ〜一枚の紙で表現する

ワーク① 一枚の紙でいまの状態を表現する

丸めたり、破ったり、ちぎったり、自由に加工してOK。時間は1分。できあがった作品をはさんでペアワーク。相手の作品を見ながら「この人はこういう気分かな」とか「この部分はこういう状態を表してるんじゃないかな」とやりとり。

ワーク② 今の自分の頭の中身を描く

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ワーク①紙の立体表現から、記号化していくようなイメージ。時間は1分。その後、ペアで共有。ひとり30秒ほど。(ちなみにホワイトボードのこの絵は、イベントが始まる前の豊島さんの頭の中。イベントを前にして緊張しているような、ケイオティックな感じ(笑)とのこと。この程度の説明でOK)

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使い方その1 「本で強制的に発想を引き出す」

まずはとにかく、描いてみよう、と配られたのがバケツの絵。「価値なんてものの見方次第」ということで、何の変哲もないこのバケツに何かを加えて10万ドルの価値を持つものに変える。時間は3分。

このやり方は個人でこの本に取り組むやり方のイメージ。たとえば、この本を持ち歩いて、ふとした時に開いて描く、そうやって発想力を鍛える。(ご参考までに、これは豊島さんの奥様の作品!)

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使い方その2 「課題に対して本を用いて問いの揺さぶりをかける」

最近困っていること、「仕事で、次の企画を考えあぐねている」などの課題を本を使って捉え直してみる使い方。まずは、絵を描く前にペアの相手に「最近困っていることは? 時間がかかっていることは?」とヒアリング。聞かれることで課題を明確化して付箋にメモ。

そして、この本の章立てのなかからテーマ選び。

1. テクノロジーと身体
2. 時間
3. 過激・過剰
4. 権力と自由
5. 未来・過去
6. 自分
7. 本物・偽物
8. 価値
9. 混乱・混沌
10. 言語

自分の「課題」に近いテーマを選んで挑戦。個人ワーク3分間。3分後、ペアで、何も喋らず、無言で自分の描いた絵を相手に見せる。再び3分間個人ワーク。一瞬見た相手の絵からインスパイアされたことを描き足す。3分後、相手に絵を説明する。

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意味のないものに意味を見出す

最初に抱えていた課題と、それに対するワークのお題、これらの間には、相当な距離感がある。たとえば、「時間がない」という課題に対して、ワークの課題は「独房の壁に貼る壁紙をデザインする」!

ー 今日のまとめ。小山龍介再び登場。

小山「最初に書いた課題(付箋)を、今描いたワークシートの上にペタっと貼ってみていただいて、眺めてみてください。

ロジカルな考え方からすると全く意味がない、はず……。ですが人間って不思議なもので、たとえば星座は、星の無意味な位置に形を見出して名前をつけて物語を作ったものですよね。われわれは、普段と違うものを目にしたときに「これに何の意味があるんだろう」っていうことをつい考えちゃうんですよね、生き延びるために。

われわれ人間は、生存本能的にも、全く無意味なものを並べたときに「そこに何か意味があるんじゃないか」ってことをついつい憶測するんです。これが実はクリエイティブな営みで、それをバサッと「無意味だ」と言わずに(言ってもいいんですけどね)、「実はみなさんの問題の回答がそこにある」という風に眺めてみたらどうでしょうか? 回答案、ありますでしょうか? つながった方? お、ほとんどですね!(笑)ほとんど全員(笑)。

ある種リフレームというものは、今まで見ていた見方を変える、ということなんですけど、今、ワークシートを見ることによって(インプロで言うところのYes, andという瞬間ですが)、元の問題が違って見えたとしたら、もうみなさんは既にアーティスト、芸術家になっているというわけです。

たとえばお客さんから言われた問題があってそれを解決しようとしたとき、デザイン思考の場合はついついそれをそのまま解決しようとするんですけど、「いや、そもそもこれって四角形である必要あるのか?」とか、「他のモノと組み合わせたらどうなのか?」とか、たとえばそのプロダクトが果たしているそもそもの役割はなんだ、と立ち返って、この本をパッと開いて、ヒントにしていく。

哲学的な言葉でいうと「他者」いうことなんですけど、自分とは全く違う生まれ育ち、文化的な背景、究極には言葉が通じない…、この本がまさに自分のアイデアを浮かび上がらせる「他者」の役割を担って、全く無意味な「問い」に答えることで、問題が解決されるという仕かけの本になっていてます。今日は、それを疑似体験していただきました。

ー そして、豊島氏からも。

今日、みなさんが体験されたのはこの本の100問中、たかだか3問です。本の序文にもありますように「アスリートが体を鍛えるように、創造的思考法を鍛える」ということで、ひとつにはまずは量をこなす。私は10冊大人買いしましたが、1冊と言わずもう2冊3冊買うと(笑)気が向いたときに手にとれますね。教育関係者の方にはぜひ教材としても採用していただきたいと思います。「どうやって考えたらいいんだろう」という方には、『クリエイティブの処方箋』もオススメです。

ー 当日会場では書籍の販売も行われました。フィルムアート社の千葉さん、大場さん、ありがとうございました!

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豊島考作 (ジャズ・アーティスト)

半導体メーカー勤務の傍ら、各種ファシリテーションメソッドを活用したワークショップ、イベントを主催し、これまでにIEビジネススクール OPEN HOUSE イベントでの講師、福島県郡山市創業支援事業アドバイザー、 BMIA 主催 キャリア開発系イベントでのワークショップ企画設計・開発などを経験。また 2008 年よりファンクとアンビエントの融合による新時代のグルーヴを追求するバンド、大沢野鳥の会( Osawa Birdwatchers )のエレクトリック・トランペットとして活動中、現在までに 3 枚のフルアルバムをリリース。

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未来のイノベーションを生み出す人に向けて、世界をInspireする人やできごとを取り上げてお届けしたいと思っています。 どうぞよろしくお願いします。