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即興から構想へ ー共創の〈場〉における ビジネスモデルの役割ー

 ここ数年、即興、いわゆるインプロビゼーションに取り組んでいます。シナリオも準備もなく、その場で物語を作っていく。非常にクリエイティブな営みです。しかし、即興だけでは不十分です。即興だけでは、「楽しいな」「よかったな」で終わって、あとに残りません。即興で生まれたものを構想につなげていくというのが重要なんです。

 即興から構想へのブリッジをどう結んでいくのか。それが今日のテーマになります。

イノベーションを実現する3つのマインドセット

 イノベーションがその会社内で本当に実現するにはふたつの要素が必要です。ひとつは、計画変更をしていく柔軟性。綿密な計画がないとスタートできないような企業では、イノベーションは起きません。準備段階で資料を何十ページと用意させられる会社は、結果的にイノベーションを実行できません。これを即興力と呼びたいと思います。

 もうひとつは、「将来こういうことになるんだ」という共有された目的です。紺野先生の提唱されている目的工学の世界です。たとえば、ケネディ大統領が「一〇年以内に人を月に送る」と言った。そうした大きな目標が共有されているときに、イノベーションが実現するわけです。これを構想力と呼びましょう。

 即興力と構想力を発揮するために必要なマインドセットが三つあります。まず「作ってみよう! やってみよう!」とする行動しようとするマインドです。ふたつ目は、そこで起こったできごとを「知ってるよ」と言わずに「なるほど!」と驚くこと。新鮮な驚きを見つける発見しようとするマインドです。三つ目は、「自分はこうしてみよう」と主体的な関わり。意思決定するマインドです。

 こうしたマインドセットは言葉ではなかなか説明できないので、即興のワークショップをやってもらいたいと思います。

ゲーム:ふたりで顔をつくる

A4の用紙を用意します。二人一組をつくり、交互にひとつずつパーツを加えて「幸せな顔」を作ってください。制限時間一分。

 さて、できあがった顔を近くのみなさんで見せ合って、どっちが幸せそうか競争してみて下さい。いろんな顔がありますね。ひとつとして同じ顔はありません。

 このワークに求められるのが、「まずはやってみよう!」という行動力です。一分間しかありませんから、計画を立てているヒマはありません。実際のイノベーションでも、計画を立てているヒマがあるんだったら、まずやってみることが大切です。

 そして実際に描かれたものを見たら、「へえ、なるほど」と思ったはずです。他人が描いたものだから、たいていの場合、意外なものだったはずです。そしてそここから、「こういう目を描いたから、こんな口がいいな」と、どんどんアイデアを出していかなければいけない。もし、「幸せな顔とはどういうことか」とか定義から始めて、「輪郭はこうあるべきだ」という全員が合意する答えを出そうとしていたら、永遠に描けないでしょう。まず描いてみて、そこから学ぶわけです。

 そしてもっとも重要なことは、そうして描かれたものに対して、「こうしたらもっと幸せな顔になるんじゃないか」と主体的に関わっていくということです。ベンチャーに限らず、大企業においても、イノベーションが起きるのはこういう瞬間なのです。逆に言えば、計画ばかり立てて誰も主体的に関わっていなかったら、イノベーションなんて起こらない。即興的に描いてみて、そこから学習をして、さらに「こうしよう」と取り組んでいく。

 こうした三つのマインドセットを「Offer」と「Yes, And」で表現しています。「Yes」というのは、起こったこと、すなわちOffer されたものを、とにかくYes で受け入れる。「それはいい。それはちょうどいい」と受け止めるわけです。新事業も、予測もしなかった市場の反応に対しても、Yes と言って受け止めることが大切です。

 そしてさらに、「And」でアイデアを加えて、その状況に関わっていく。さきほどの「幸せな顔」の場合だと、「じゃあこういう耳をつけたらいいんじゃないか」「こういう目をつけたらいいんじゃないか」と、自分ごととして関わっていくわけです。

 そして、イノベーションというのは、このOffer に対するYes, And によって生まれていくのです。

イノベーションを生み出す守破離プロセス

 これを図解するとこうなります。イノベーションを生み出すには、実は三つの段階、プロセスがあります。

 最初の「構造化」。あらゆる既存のビジネスには、長年かけて構築されてきた構造があります。たとえば車の製造方法とか、レストランのサービス設計とか、経験によって構築されてきた、「こうやればうまくいく」という方法が確立されていきます。そしてこれを効率化していく。みなさんの働かれている業界はおそらく、こうやって効率化を図っていく段階にあります。

 ただ、イノベーションと呼ばれることが起こるには、この段階で留まっていてはダメです。そこに思ってもみない要素、業界では異色のことを取り入れないといけないということです。

 三谷先生が紹介されていた三越の場合。三井さんがどういうことを呉服販売に取り入れたか。もちろん、結果的にそういうことを裏切ろうとしてやっていたということもあると思うんですけども、業界では非常識と思われるような「現金掛け値なし」みたいなことを取り入れるわけです。

 ただ、それだけではビジネスは成立しません。今までの枠組みから外れる要素も入れて成り立たせるように再構造化しなければなりません。ここで初めてイノベーションになるんです。

 これを英語で格好良く言うと、構造化はサイエンス。サービス・サイエンスとか、スポーツ・サイエンスとか、さまざまなものがサイエンスの対象となりますが、あくまで再現性のある世界を目指します。私は、お能を習っているんですけども、お能でも型を学びます。先生の言う通りにやるんです。日本の伝統芸能、生花とかお茶などもよくできていまして、そのやり方でやると技術が身につき、師範代になれる。それが再現性のあるサイエンス。

 ところが、ただ先生のやるとおりに繰り返しているだけでは流儀は衰退していってしまう。ここで必要なのが、アートの世界なんです。

 現代芸術は特にそうですけれど、見る人にインパクトを与えます。「こんなこと考える人がいるんだ」と。荒川修作という建築家は、天井に家具や洗濯機を付けた天地を逆転させた家のある『養老天命反転地』なんて公園を作ります。あんな公園、二度と作れないと思います。とんでもない非常識なことをやることがアート。既成概念を壊すプロセスです。

 もちろん、それだけだと世の中の役に立たないので、ここでデザイナーの出番なんですね。一九世紀後半から二〇世紀にかけて出てきた抽象絵画やポップ・アートみたいなものは、今やみなさんTシャツで着て、普通にデザインとして取り入れています。これはデザイナーの活動の結果なんです。

 アートで出てきたものというのは、だいたい一〇〇年くらいするとデザインとして人々の生活の中に定着するんです。これがまさに再構造化で、生活が変わるということなんです。

 これを日本語でいうと、「守・破・離」。先生の言うとおり学んでいる「守」。それだけではダメで、その先生から教えられたこととは違う要素を加えていく「破」。そこも含めてちゃんと再構造化して、先生から離れて自立する「離」ということが必要になります。

 みなさんの「幸せな顔」のワーク。実はこのプロセスの中に入っているんです。まず「幸せな顔」という頭の中の認識があります。そこに他者の手が加わる。一番の想定外は、実は他者なんです。他者がやってきたことを受け入れるしかないですよね。描いちゃったんですから。消せたら「ここ違うだろ」と言えるんですけど、消せないからそのまま受け入れる。そこで、幸せな感じにしていきたいということで、ネクタイを描いてみたりということをすることで、「離」という再構造化をっていくわけです。

 さきほどでてきたYes, And ということでいえば、想定外を受け入れるYes とそれを現実に着地させるためにアイデアを加えるAnd があって初めてイノベーションが起こる。Yes, Andはイノベーションの破と離に対応しているのです。(しかしそれは、しっかりとした守があってのことですが。)

イノベーションを生む具体的スキルとツール群

 さてこれが、イノベーションを生み出すために必要なプロセスであり、即興のプロセスでした。こうしたマインドに続いて、今度はスキルの話をしたいと思います。マインドセットが変わったとしても、具体的なスキルに落としていかないと実際にやることができないのです。そのスキルのひとつめが、「失敗力」を高めるためのツールです。

 人間、死ぬことはないんですよ。大丈夫なんですね。たいていのことは、失敗しようが、会社にちょっと損害を与えようが、大丈夫なんです。三宅さんなんか、何回窓際に行ったか(笑)。失敗力の権化みたいな人ですからね。その三宅さんがまたカムバックする世界ってすごいなって思います。うまく回っているというか。失敗することが、次の成功に繋がるわけです。この失敗力を高めるツールとして登場したのが、リーン・スタートアップの方法でした。

 そして二つ目が、「なるほど!」と感じる心。これは「共感力」です。会社には共感力の極度に低い人がいっぱいいますよね。すぐ否定しちゃう。「なんだこれは」みたいな。「こんな目じゃない」とか。でもこれは単純なことで、受け入れればいいんです。「そうやって目を描く人もいるんだな」って。「そうやって輪郭を描く人もいるんだな」これが共感力です。この共感力を支えるのがバリュー・プロポジション・デザインです。顧客の気持ちに寄り添うバリュー・プロポジション・デザインは共感力に対応するんです。

 いろんなツールがありますが、重要なのはツールの位置づけです。それを知っておくと使えるんです。だけど、ひとつのツールだけを取り出して見ていると、その役割がよくわからなくなる。流れの中で位置づける必要があるんですね。

 今回は、先ほどみなさんに即興のワークをやっていただいたので、即興っていう文脈で理解するとわかりや

すいと思います。共感力というスキルセット。ここのお客さんのPain とGain を理解するってところにぴったりはまるわけです。最大の不確実性。最大の想定外は、他者です。「まさかそんなことに」、「そんなふうに思ってたのか」っていうことを共感して受け入れる。

 そしては、これは失敗が前提です。あらゆる事業は失敗から始まる。今日はFacebook の話が出てましたね、「誰々と誰々が付き合ってる」みたいなのを可視化しようといったところから始まっている。ユーチューブだってそもそも出会い系のサイトでしたからね。あらゆることが、失敗から始まっている。そういう失敗を通じて顧客のニーズとマッチする価値をデザインしていく。バリュー・プロポジション・デザイン。このキャンバスを使うことによって、作成していく。これがまさに、お客さんとの即興関係を作っていくというものなんです。

 ここまでの話を整理すると、次のような表になります。

 ここで埋まっていない二つの枠があります。それがYes, And のAnd の部分を支えるスキルとツールです。「じゃあこうしよう!」とみなさんがAndで展開するというのは、いったいどういうスキルになるんでしょうか。おそらく聞き慣れない言葉だとは思いますが、「与贈力」をここに当てたいと思います。与よ ぞ う 贈とは、贈与をひっくり返した言葉です。贈与っていうと、贈与税とか、生前贈与とか経済的な話になってしまうのですが、そうしたニュアンスを消すために与贈と呼ぶのです。これは場の研究所所長の清水博先生の造語です。

 これは、ある種のプレゼントなんですね。あらゆる商品、あらゆるサービスは、お客さんへのプレゼントなんです。プレゼントするつもりがあるのとないのとでは、この「じゃあこうしよう!」というAnd のスタンスが、全然変わってくるんです。確かに共感もして、相手を受け入れて絵を描きました。しかし最後に「俺は目立ってやろう」と我が強く出てしまうと、うまく幸せな顔が作れません。幸せな顔を作るには、「相手にとっても、良いものにしたい」っていうプレゼントする気持ちが必要なんです。

〈場〉に対してのプレゼント

 これには、〈場〉ということが関係しているんです。この会場も〈場〉ですし、それから、企業も〈場〉。物理的な空間という意味での場所もそうですけども、もっと抽象的な〈場〉です。

 〈場〉としては、マーケットもそうですね。その〈場〉に会社や個人がいてもいいという〈居場所〉を得られるかどうか。会社内でもいるじゃないですか、「この人あんまり居場所ないな」とか。会社でもあります。マーケットの中で、「この会社どこかに行って欲しい」みたいな言われ方をする会社もあります。

 スターバックスもそういう時期がありました。実は創業者が一回リタイアして、拡大路線の社長が入ったあとに、全米で一斉に排斥運動がありました。「スターバックス出て行け」と。だってスターバックスが来ると、地元のコーヒー屋さんとかが潰れちゃうわけです。だからそういうのは出て行けと。

 そうならないようにどうするか。居場所を作るために、まずは地域に共感する。「この地域にはこういうことが必要だな」とか。「これは求められているな」とか。みなさんが会社であれば、「マーケットがこういうものを求めているんだな」ということを感じる力です。それを感じたときにYes で受け入れるわけですAndっていうのは、みなさんのはたらきを〈場〉にプレゼントしているというふうに見ることができるわけです。

 みなさんが、来たものに対して受け入れて目を描くときには、自分の保身とか、自分の利益のためではなくて、相手との関係の中でできあがっている「幸せな顔を描こう」という〈場〉に対しての、はたらきをプレゼントしている状態なんです。

 このプレゼントはその後どうなるか。その場所から、少し時間が経って、居場所という形で返礼が来るんですね。忘れたころに返ってくるんです。これを「与贈の循環」と呼んでいます。

 大企業のR&Dや新規事業の立ち上げ、新商品開発。これを「自分の会社のために、利益のために」やっていたら、失敗するんです。モチベーションも上がらないです。でも、それをすることによって、それを作ることによって、「世の中がより良くなるんだ」っていうことになったら、全然違いますよね。自己利益ではなくて、相手のため、場所のため、社会のためっていうことになったときに、はたらきが本当の意味で活発に行われて、その結果、返礼が返ってくる。

 もっと突っ込んだ言い方をすると、「その会社にいてもいいよ」という居場所が与えられるってことなんです。うちの近くの美容院は朝早くゴミ拾いしています。それを見ていると「偉いなぁ」と思います。社会にとって、その地域にとって、その美容院があった方がいいなと思いますよね。そういうふうに、はたらきをプレゼントすることによって戻ってくる。この与贈の循環が行われていると見た方がいいんです。そのことが、実は即興性ということを加速させるんです。

等価交換では即興は起きない

 逆に即興が起きないときっていうのは、どういうときかというと、そこで等価交換が行われているときです。一〇〇円もらったら一〇〇円のものを渡す。二〇〇円もらったら二〇〇円のものを返す。一〇〇〇円もらったら一〇〇〇円のサービスをする。

 一五〇円払ったけれど、これに二〇〇円払ってもいいなと思っているとすると、その差額の五〇円分は受け取る人にとってプラスアルファになります。たとえば、このPCクリッカーは三〇〇〇円くらいだと思うんですけども、質感や使い勝手から五〇〇〇円の価値を感じるとしたら、その差額の二〇〇〇円分が、メーカー側からそのユーザーへのプレゼントになっているわけです。つまり、オーバーアチーブメントした分が与贈になるんです。

 これは働くこともそうです。みなさんが会社にとってプラスになるようにがんばって働きます。基本的にオーバーアチーブメントなんです。二〇万円をもらって二〇万円の働きをした。これだと居場所がないんですね。でも三〇万円分の働きをした瞬間に、その人に居場所が与えられ、働いている仲間にとっても「あいつはいた方がいいな」って居場所ができるわけです。

 等価交換では即興が生まれず、与贈循環になった瞬間に生まれます。「あいつはがんばっているから、チャンスを与えてみよう」とか「教育を施してみよう」とか。この時間差がある与贈循環が生まれた時に、経済が動き出すんですね。

 私の会社はコンサルティング会社です。提案をします。でも提案ってお金をもらわないんです。でも最大限やるんです。ものすごく良い提案をすると、期待してなかった時に、プレゼントとして返ってくるんです。

 即興劇が行われているというこの感覚。即興劇をもうちょっと図解してみると、こんな感じです。[図入れたい]世の中に役者さんがいて、役者さんがみなさんです。あとは会社です。この中でいろんな協創関係とかが起きています。

 ちょっと余談になりますけども。アダム・スミスの「神の見えざる手」。会社同士が競争していたら、神様がまるで操作してるようにマーケットはうまくいくんだと。自由経済のことを言っているといわれています。

 アダム・スミスが言った「競争」っていうのは、実は二種類あるんです。コンペティション(Competition) とエミュレーション(Emulation)。エミュレーションというのはモノマネです。エミュレーションは価値を生み出さないから、悪い競争だというんですね。コンペティションは、A社とB社は一見、競争しているように見えて、実はやっつけようというのではなく、A社はA社らしい役割で社会に貢献して、B社はB社で役割があると。

 だからですね、渡邉さんが本の紹介をしていましたけども、あれを僕はできないわけです。渡邉さんは渡邉さんのやり方、活躍の仕方がある。山本理事のファシリテーションも真似できないですよね。三宅理事は言わずもがなですね。真似したら危ない( 笑)。普通の人は真似しない方がいいです。

縁側のあるビジネスモデル・キャンバスの構想性

 このように、いろんな人の役割が違う。舞台の中でそれぞれが舞台に対して貢献していると、面白い演劇ができるわけです。そしてさらに重要なことが、そこに観客がいるってことです。お客さんが観ている。お客さんが観ているから、楽屋オチみたいのはつまらないわけですね。不正競争防止法じゃないですけど、この中で談合してとかやっていると、お客さんが許さないわけです。そういうお客さんの視線も感じながら、公明正大に即興劇を舞台の上でやっているっていうのが、ひとつのモデルになるわけです。

 その観客と舞台。このことから導き出されるのが、時間性と空間性ということになります。お客さんとは誰か。演劇とか映画を観ている人はわかりますよね。「この先どうなるんだろうか」と未来の展開を期待するお客さんです。今日、ソニーの話も出ましたね。ソニーファンとしては今後ソニーがどうなるかっていうのは、お客さんとしてすごく期待しています。つまり、お客さんがその会社に時間的な展開を求めている。そこにお客さんがいるから、そういう時間性というのが生まれるんです。

 また一方で、舞台というのは空間性ということです。どれくらい広い舞台で考えているのか。みなさんがもし、自分の部署半径五メートルのところで物事を考えていたら、「ここは課長の言うこと聞いておこう」とか、「部長の言うこと聞いておこう」と思いますよね。会社で不正が起こっていても「会社の中だからバレなきゃいいや」と思っちゃう。ところが、空間的に広い舞台にいる人は、それは許せない。「会社はともかく、社会にとって良くないからダメだろう」と。そういうふうに、舞台が広がるとその人に空間的な意識が広がって、振る舞いが変わるんです。
 そのことが、今日もうひとつお話しようとしている「構想」ということに繋がるわけです。即興をやっていたら、もっと広い舞台の、長い時間の構想ということにつながっていく。そこで登場するツールが、ビジネスモデル・キャンバスです。

 このキャンバスの構想性というのを指摘したいと思うんです。私は、いつも顧客セグメントとパートナーの部分を「ビジネスモデルの縁側」と呼んでいます。「今までのビジネスツールとキャンバスと何が違うんですか」「バリューチェーンで表現したっていいんじゃないですか」といろいろ言われます。でも明らかに、「これは違うな」と思うのは、ここに、半分外側で、半分自社内に取り込んでいる、お客さんが入っているんです。こっちもそうです。これ本当は外ですよ。でもそれをビジネスモデルの中として、半分外で半分内側みたいな縁側が設定されている。これがこのツールの新しいところなんです。

 これを空間性といいます。舞台が広いということです。知識創造の経営という点から考えると、一九七〇年代八〇年代っていうのは組織の中核能力で外的環境変化に対応する、古典的熱力学的モデルのシステムとして捉えられます。オイルショックとかそうですね。オイルショックがあると、エコロジーとか、企業の省エネ性能を上げて対応しようとします。これは基本的にはうまくやっているところをベンチマークして、キャッチアップするというモデルでした。これは一九七〇年代、日本の高度経済成長期を支えた、ひとつのロジックです。

 ところが一九九〇年代になると変わるんです。外的環境変化が起こったときに、組織自体も変わらなきゃいけなくなる。富士フイルムの例がそうです。銀塩のフィルムがなくなります。これは大事でしたよ。今でも富士フイルムのお店って各地にありますよね。あれはチェーン展開をしているんです。「なくなりますんで今日から終わり、解散!」みたいなことって、できないですよね。だからあれは説得して、または自社で買い取ってなど、そういうことをやったんです。そういうことをして、組織自体を変えて、フィルムを液晶テレビ、化粧品、衣料品って展開したんです。ここには、外の変化に対して、自分の組織自体が変わっていく、「ゆらぎと自己形成」というのがあるわけです。このシステムは自己組織化モデルと呼ばれます。

 さらに、二〇〇〇年代になるとどういうことが起こるか。たとえば、アップル。みなさんiPhone で使ってたりしますけども。Android も同じです。アプリっていうのは、コンテンツ会社が提供していますよね。Facebook のアプリを使ったり、グーグルのアプリを使ったりします。実はアップルという組織とコンテンツ会社という組織、またはレコード会社という組織。さまざまな組織が、協同しながら価値を作っていくんです。その時にはもはや、外部環境なんて言わないんですね。エコシステムと言います。オートポイエーシス型のシステムとして捉えることができるのです。

 アップルのエコシステム。これはみんなが協力しあって作っています。アップルがApple Watch を出せば、コンテンツ会社はそれに対してYes,And をするわけです。「それなら、こういうコンテンツを作ろう」と。

 ここではまさに、即興劇の舞台が広がって、即興が行われています。もちろんアップルはコントロールしているところはありますよ。でもコントロールできないところが、すごく大きくなってきて、エコシステムを構築する。そこには新しい世界観が必要になってくるということなんです。

 空間性。ビジネスモデル・キャンバスでアップルの例でいえば、iPhoneユーザーとサプライヤー、コンテンツ会社を結ぶ。この両者をマルチサイド・プラットフォームでつないでいくようなビジネスモデルのスキームを描ける。こういうことから、このツールが二一世紀型の空間の広がりを持ったツールであると言えます。

Amazonの構想を支えるもの

 さらに、時間的な話をしていきたいと思います。アマゾンの構想。さて、アマゾンは今、何屋さんですか?

 何でも売っていますね。もともとは、世界最大の書店と言っていた時期もありました。今や世界最大のショッピングサイトということで、ビジネスモデルも大きなものとなっていきました。そして今や、Kindle、Kindle Fire、Fire Phoneなどモノを作っているメーカーであり、ウェブサービスを提供するインフラ会社でさえあります。

 アマゾンは、世界最大の何ですか? 今すごく大きな価値を作ろうとしているんです。これはもはや、表現のしようがないんですね。ショッピングサイトだけではなくなっちゃったんですよ。世界最大の書店ということを支えるビジネスモデルは、まだ小さなものでしたし、それによって提供される価値も限られていました。よく知られているように、立ち上がった当初は在庫を持たないというビジネスモデルで、倉庫もありませんでした。ところが、途中で変更して大きな倉庫を構えるようになり、多くの在庫を持つようになりました。関東圏だと市川から送られてくるわけですね。市川に大きな倉庫があって、いろんな物が届く。そのようにビジネスモデル上もリソースが大きくなりました。さらに、Kindle などの製造までビジネスモデルが拡大していくということなんです。ここで起こっていることは何か。ビジネスモデルの進化です。

 ジェフ・ベゾスが当時の会社を辞めるときに、上司に「本屋さんをやります」って言ったんですね。当然ですけど、ボスは「止めとけ」と。「大丈夫かこいつは」みたいなことを思ったんでしょうね。でもベゾスは家財道具を一式積んで西海岸のシアトルを目指すわけです。そんな話が逸話として残っていたりします。ベゾスは、これからインターネットが、マーケットとして絶対すごいことになるんだという確信を持っていたんですね。その中で、早く回していけばいくほど勝てる。ビジネスモデル・キャンバスの中で、時間性を考えるとこうした因果関係が見えてきます。

 ビジネスモデル・キャンバスというのはスナップショットなので、時間的には止まっているように見えてしまう。でもジェフ・ベゾスが見ていたビジネスモデルは、止まった状態ではなかった。これは動いている。どう動いていたか。まず本屋さんでもいいからお客さんを獲得する。そうするとトラフィックが増える。そのサイトに来るようになる。「本だけじゃなくて他にも売れるよね」とサプライヤーが「CDも売ってくれ」と言ってきたわけです。その次は「おもちゃを売れるだろう」と。服とか靴とか家電製品と、どんどんセレクションが増えるわけです。セレクションが増えるとカスタマーが喜ぶわけですね。価値です。これをどんどん回していくとセレクションがどんどん増えていく。

 去年(2014年)、アマゾンがお酒を取り扱うようになりました。あれは免許が要るんですが、ちゃんと免許を取ってやっています。なぜか。お酒の流通が増えてきたんですね。お酒を売り始めて、またセレクションが増えた。ここまでセレクションを増やそうと思ったら、今からECサイトを始めても大変な時間がかかるわけです。まさに、慌ててシアトルに向かったベゾスの考えた通り、すごいスピードでビジネスモデルが拡充されていったのです。

 さらに、もう一個あります。カスタマーが増えると当然売上が上がります。利益が上がってくると、インフラの構築費が出るので、インフラをどんどん強化していけます。今日その当日に届くなんてことになりますね。利便性が増えていく。仕組みの自己強化ループというのが動いているんです。これはもはや、どこも真似できないですね。実は楽天も、自分のシッピングセンターを作ろうとしましたけども、結局成功してないんです。もう追いつけないと。こんなふうに時間が経てば経つほど、どんどん展開するんだという時間性をもっているということがすごく重要になります。

 これは有名な話です。アマゾンの売上。グラフを見ると二〇〇七年から二〇一四年の七年間で売上が右肩上がりで上がっていきます。じゃあ利益はどうですか。有名な話ですね。ほとんどないと。なぜこんなことが許されるんですか。これをどうやってファイナンス的に理屈つけるのか。将来の利益をディスカウントするんですね。年で割って何%かで割っていくと。でもいつ出すんだって話ですけどね。ちゃんと株価がついているってことは、株主はどんどん再投資をすることにOKを出しているということです。ベゾスが時間的な構想を持っているから認めているわけですね。構想もなく利益を出さなかったら怒られます。

 ということでもうひとつ必要なのは、他者と組もうとするスキルセットだけじゃなくて、将来、どう展開していくかという、「展開力」なんです。これは企業の中でもそうです。「便利な商品を作ります」という商品開発の提案があっても、「商品を作ったはいいけど、今後どうなるんだ」っていう将来展開を語れなければ、会社はOKを出せないんですね。

スティーブ・ジョブズの未来展開力

 さらにスティーブ・ジョブズの話です。三〇年製品ロードマップ。一九九七年にジョブズが戻ってきて、最初に作ったのは、iMac です。そしてその後、iPod やiPhone といったラインナップで展開することは、実は一九九七年の段階で社内発表しているんです。当時、福田さんという人がジョブズの側近で働いていて、その福田さんがブロガーの中島聡さんに話をしたら、その中島聡さんがブログに書いて明らかになったんです。自伝にも書いていないんで、あまり公にはなっていない話です。

 こういう展開をなぜ九七年の段階でできたのか。あらゆるコンテンツがデジタル流通する未来というのをジョブズが構想していたからなんです。一九八〇年代くらいの講演録とかにもけっこう残っているんですね。音声認識技術は、今から三〇年くらい先だろうと。けっこう的確です。その三〇年後にSiri という音声認識のサービスが生まれている。

 つまり、未来のイメージから逆算、バックキャストしたんですね。九七年の段階で、二〇一〇年くらいにはHD動画がストリーミングで観られるようになるだろうとか。テレビ電話がいけるんじゃないかとか。一番データ量の少ないエンターテイメントである音楽は二〇〇一年くらいにいけるんじゃないか。さらに、iBook と呼ばれたこのパソコン。無線LAN 内蔵スロットがありましたけども、なんで無線LANなんだと。WiFi という言葉もない時代ですよ。世の中にWiFi スポットなんて一切ない時代にこれを付けた。なぜか。そういう時代が来るから、ということです。一九九八年に出たiMacデザインばかりが強調されましたけども、モデムを内蔵しているんで、モジュラージャックを差し込むと、すぐにインターネットにつなげるパソコンだったわけです。そういう世界を見ているから、その後も容赦なくDVD プレーヤーもフロッピーディスクも外していけたんです。

 ここでやっていることは、「未来の予測」ではなくて、「未来の予見」ということなんです。「なぜ予見できているのか」ということです。孫正義氏もそうですね。「ロボットをやるんだ」と予見しているんですよ。ロボットで蓄積された、人とのやりとりが大きなビッグデータになって、他ではついていけない競争優位になるわけです。

構想を生み出す場所的感情

 こういう未来の予見をするためにはどうしたらいいのか。ここからはちょっと話は難しくなります。「場所的感情」というのがあるってことになるんです。決して、エゴイスティックに、自分がこうやりたいからって思っているわけじゃないんですよ。スティーブ・ジョブズだってエゴイストだと思うんです。だからといって、自分の好きな世界にはできないわけですよね。世界に耳を傾ける。「こういうことが起こる」というふうに、場所にある、理性的ではない、感情的なものを感じるってことなんです。

 実は日本人は、この場所的感情というのを感じるすぐれた感性を持っています。たとえば、紫式部が「いとをかし」と書くとすると、それは紫式部が「いとをかし」と思っているのか、それとも光源氏が「いとをかし」と思っているのか、それとも登場人物である相手の女性が「いとをかし」と思っているのか、わからないことがあります。結局それは、哀しみや趣をその場所に感じるという感性なんです。でも英語だと「私が」そう思ったって言っちゃうんですね。文法上そうなりますから仕方がないですよね。「彼が」そう思ったって言わざるを得ないんです。でも日本語は主語が省略されるので、場所的感情を感じるんです。

 スティーブ・ジョブズが禅で会得したものというのは、もしかしたら自分の自我じゃなくて、瞑想の中で感じるってことなんじゃないかなと。ここにあるのは、場所的感情を役者が直感して、その直感に従ってモノを作っていくってことなんです。そうすると、直感力。〈場〉から未来を感じ取る力が必要だと。このことについては、今日は時間的な制約もあるので、ほとんど説明できないんですけども。ここが僕の個人的な興味関心の領域なんです。そのために即興劇をやったり、いろいろやったりしています。

 このような構想をするには、空間的なエコシステム構築の思考と、時間的なバックキャスト思考が必要なんです。今日お伝えしたかったのは、即興と構想がある中で、即興とは、失敗力と共感力であり、ここに私がさらに加えたいのは、そこにプレゼントしたいという、自分のエゴを離れた与贈のはたらきです。与贈することによって、〈場〉からのプレゼントとして、「こういう未来が来るんですよ」という直感が降りてくる。さらにそこからバックキャストすることで未来への構想が生まれるんです。

 ビジネスモデル・キャンバスとバリュー・プロポジション・デザインを大きく分けると、お客さんとの即興の中でプレゼントする価値をどうデザインするかっていう即興が、バリュー・プロポジション・デザインです。

 そしてビジネスモデル・キャンバスは、そこで生まれる〈場〉を表現しています。そこにはエコシステムや未来への展開力が組み込まれていきます。〈場〉からの直感というものがはたらいて「うちの会社は今こういうものを作るべきなんだ」というものが、自分の頭じゃなくて、マーケットから、まるで問いかけられるように浮かび上がってくるんじゃないかと思います。

 この「即興から構想」は、私自身のテーマでもありますし、ビジネスモデルイノベーション協会としても、取り組んでいきたいと思っています。

※2015年3月14日一般社団法人ビジネスモデルイノベーション協会主催『ビジネスモデルオリンピア2015』講演より一部加筆修正しました。

未来のイノベーションを生み出す人に向けて、世界をInspireする人やできごとを取り上げてお届けしたいと思っています。 どうぞよろしくお願いします。