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安心して意見表明できる場所が居場所になる―松田ユリ子「多様性が守られる居場所」〜 学校図書館がカラフルな学びの場になるために~

2019年9月7日、NPO法人場の研究所が主催する「場のシンポジウム2019」が、共催するエーザイ株式会社の大ホール(東京・文京区)で開催された。今回のシンポジウムのテーマは、「『〈いのち〉のオアシス』~生きにくい社会の形を底辺から変えていく~」だ。

神奈川県立田奈高等学校学校司書・法政大学兼任講師・NPO法人パノラマ理事の松田ユリ子氏による講演、「『多様性が守られる居場所』~学校図書館がカラフルな学びの場になるために~」をご紹介する。

松田氏の舞台は、公立高校の図書館。松田氏は、学校図書館がすべての生徒の場所になるための活動に長年取り組んできた。(文:あおみゆうの/編集:小山龍介/写真:高橋昌也)

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図書館に足を運んでもらうために

1976年度。神奈川県の県立高校は、ここにラインがある。これ以降に建った、公立高校の図書館の場所は1階か2階だ。それ以前のいわゆる伝統校は4階か5階に図書館がある。神奈川の教育の中での学校図書館の扱いが、この年を境に大きく変わったと言える。

今まで5校の公立高校の勤務を経験したが、図書館の場所は「2F/2F/1F/4F/2F」。ほぼ新設校だ。現在の田奈高校での勤務は、9年目を迎えた。田奈高校の図書館は2階にあるが、右に職員室、左に生徒昇降口のある、グランドフロア。いちばん人通りの多いストリートに面した図書館である。

とはいえ、人通りが多いからといって、図書館が使われる訳ではない。そこで、図書館を使ってもらうために、さまざまな工夫をした。

ステップ1 入ってもらう

tips1 ドアを開ける

田奈高校では、図書館の横に司書室があるが、ドアを開けて廊下を見て仕事をする。すると、廊下を歩く生徒や教職員と目が合う。そうすると、ふらっと入ってもらえるのだ。

tips2 ブランディングする

田奈高校の図書館は「ぴっかり図書館」と命名した。明るくてロケーションが最高の場所にあるからだ。会議だろうと公式な文書だろうと、「ぴっかり図書館」で通してきた。

ドアを開ける、ブランディングするというのは、つまり、いつでもどうぞの空気を出すということだ。

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ステップ2 居る

その次のステップは、そこに「居る」。居るようになるためにどうすべきか。

tips3 モノの研究

図書館なので雑誌・漫画・バンドスコア・写真集などは定番だが、それ以外にも映画のチラシや、なによりソファ。ソファだけを求めてくる高校生はどの学校にもいる。ぬいぐるみは、意外にも男子生徒に好評だ(笑)。

そして「石」。ロックバランシングという競技があって、その本と一緒に置いておくことで、生徒たちが興味を持って手に取る。パラパラ絵本やボードゲーム、その上、ピアノなどの楽器もそろう。最近は毎日、「猫踏んじゃった」を聞かされている。

図書館は自分が知らない、欲しいものがある場所にする。潜在的ニーズに刺さるモノを揃えることで、図書館に足を運んでもらうきっかけを作るのだ。

tips4 コトの研究

次にコトの研究、すなわち図書館運営にいろんな人を巻き込み、「自分ごと」にしてもらうようにした。

資料の場所を示す分類板は数字で書かれていることが多いが、わかりやすいように黒板塗料を使ってチョークで書くことにした。とはいえ、すべての分類板を一人で書くのはたいへんな作業だ。そのため、体育や書道の教員など、たくさんの人の力を借りた。体育の先生が、意外と絵や字がうまかったりする(笑)。

神奈川県の県立高校は予算が乏しく、1970年以降に建った学校は、ペンキが灰色で錆びて落ちている箇所もある。「ぴっかり図書館は黄色だな」と閃いて、黄色に塗ることにした。当時の校長先生が得意だったということもあり、頼んだわけでもないが、率先してペンキを塗ってくれた。

また、図書館で出しているPR誌では、先生のおすすめの本を紹介するコーナーを作った。先生の顔は本で隠してもらい、誰のおすすめなのかという回答は、図書館に来ないとわからないようにした。

コトとしての図書館でいちばん重要なのが、授業だ。田奈高校では、年間120時間ほど活用しているという。教室では授業に取り組まない生徒も、図書館では自由なスタイルで取り組むことができる。生徒の成果物を人通りの多い廊下に貼ることで、他の先生の目にも触れ、次の授業につながっていく。

授業は強制だが、自主的に準備で図書館に来るのがいちばんの目標だ。放課後に生徒たちが来て、授業の準備や図書館づくりに参加する。グラフティが得意な生徒には看板を描いてもらうこともある。思わず参加したくなる、「自分にカンケーある場所にする」ことを目指して、さまざまなきっかけを提供した。

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ステップ3 共存する

さらに、「共存する」というレベルがある。学校は閉鎖された空間なのでグループに分かれている。「陰キャ・陽キャ」と呼ばれる、ヤンキーとオタクのような階層があり、教室でも交わることがない。けれども図書館は、そんなに広い場所ではないので、どんなグループに属していても、共存してもらう必要がある。そこでヒトの研究が重要になる。

tips4 ヒトの研究

tiktokを撮影している生徒の横で、漫画を読んでいる生徒がいる。事務室は全開放しているので、お昼をそこで食べる生徒もいる。生徒にとって図書館は、思いおもいの過ごし方ができる場所なのである。

そういう場所になっていったので、外部の若者支援者が学校に入り、学校の中で相談をするときに、ぜひぴっかり図書館でやりたいと言われた。それが発展し、4年前に毎週木曜日開催される「ぴっかりカフェ」がオープンした。

ぴっかりカフェの一番人気はお味噌汁

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図書館の一角をカフェとして開放し、昼休みと放課後に開催される。飲み物・食べ物は、すべて寄付などで賄っており、無料で提供されている。カフェの運営には、たくさんのボランティアが携わっている。

いちばん人気はお味噌汁。家庭でお味噌汁を作ってもらっていない子が多いからだ。下手をすると、朝だけではなく夜も食べていない生徒もいる。

ご飯を食べたら、ボードゲームをしたり、席が足りないので奥のほうにピクニックシートを広げたり。楽器を練習したり。最近はミキサーを入れたので、DJの真似ができるようになった。

3年生が楽しく使って、そのあと2年生、最後に1年生。学校序列みたいなのが薄く影響しているのが見て取れる。これをいかに溶解させていくかが大事だ。

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カフェの目的は交流相談

子供は、開かれた場所で知り合った大人に、安心して相談をしていく。交流相談で対処しきれないものには、個別相談で対応する。交流相談では、潜在的な課題にも対応できるというメリットがある。

たとえば、交流相談で履歴書の書き方を聞いている生徒の横で、別の生徒がジュースを飲んでいる。ジュースを飲んでいる生徒は、「履歴書の書き方は、ここで聞けばいいんだ」と学ぶことができる。

特に十代の若者は、知らない大人には相談しないという統計もある。まずは信頼関係を築いてから課題を一緒に発見する仕組みが必要なのだ。

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図書館の視点でのカフェの効能は、「人メディアの激増」だ。図書館は、本・CD・インターネットなど多様なメディアがある場所だ。けれども、それだけではなくて、図書館に集う人も情報を運べるメディアなのだ。カフェになることで、教師・生徒・学校司書だけではなく、地域の大人も参画してくれる。

生徒の居場所としてのぴっかり図書館

放課後の図書館では、ゲームをしたり卓球をしたり。赤ちゃんを連れてきてくれるボランティアさんもいる。台湾の方が、大根餅を作ってくれたこともあった。女子高生の駆け込み寺を作っている方が、ここで関係性を構築したこともある。

恒例となったカレーパーティーでは、神奈川の農家が野菜を送ってくれ、グリコからルーが届く。いろんな人の善意に支えられて、ぴっかり図書館は生徒の居場所になっていったのだ。

ぴっかり図書館には、1年間に外部の大人が200人も参加している。子供たちが、数多くの大人に出会える場所でもある。

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ステップ4 要望を口にだす

最後に、生徒が要望を口に出せることが大事だ。学校は、これをしてはいけないと教えられる場所になっているが、「これしたいって言える場所」を目指している。

たとえば、壁に貼ってある映画のチラシ。「これちょうだい」と言われたら、「良いよ」と答える。折角出てきた要望を逃したくないのだ。「言ってみるもんでしょ?」と聞くと、「言ってみるもんだねぇ!」と返ってくる。要望を口に出して始まるものがあるということを知ってほしい。それをずっとくみ上げていく作業をすると、生徒がやりたいというイベントのある図書館になっていく。

プロレスの興業とか、ハイチュウ選手権とか。いろんな要望が舞い込む。学校では、文化祭や授業の発表、部活動など、いろんな表現の機会が与えられている。しかし、与えられた枠じゃないところからはじまるモノの方が、ずっと面白いし、難しいし、意味がある。なぜなら、生徒発の取り組みは、パッションや即興性がないとだめだし、プロセスが重要で、答えのない問いから始まるからだ。それができるのが図書館だ。

LGBTである生徒Aは、FTM(身体的には女性だが、性自認が男性)だ。1年生の6月に「LGBTについてプレゼンをしたい」という要望があった。直ぐに準備を始めたかったが、学校側の準備ができていなかった。「プレゼンをした生徒が、不用意に傷つけられる可能性」を考慮し、去年の6月から調整を重ねている。当初、いろんな壁にぶつかった生徒Aだったが、ぴっかりカフェで自分と同じ立場にある当事者に出会い、互いに情報交換をすることで落ち着いていった。

図書館を、安心して意見表明できる場所にする。このことが居場所を作るのではないか。

仲良くもしないし、排除もしない

お互いに干渉しないけれど、存在は認識している。複数のグループが入り混じっている、仲良くはなくても排除はしない場所。そして、多様性が守られている場所。それが、ぴっかり図書館だ。

「ぴっかりに来れば、なんだってできるよ!」そう卒業生が後輩に言っているのを聞いて、「嬉しかった」と松田氏は目を細め講演を締めくくった。

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松田ユリ子プロフィール
山形県生まれ。東北大学文学部英文学科卒業後、図書館情報大学(現・筑波大学)専攻科にて司書資格取得。神奈川県に司書として採用され、5つの県立高校の学校図書館に学校司書として勤務。勤務の傍ら、横浜国立大学大学院にて教育学修士号取得。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得満期退学。神奈川県立田奈高等学校学校司書。法政大学キャリアデザイン学部兼任講師。NPOパノラマ理事。



未来のイノベーションを生み出す人に向けて、世界をInspireする人やできごとを取り上げてお届けしたいと思っています。 どうぞよろしくお願いします。