見出し画像

埋めたことを忘れられた木の実

シマリスは、下草や岩、丸太など、彼らを狙う捕食動物から身を隠すことのできる障害物のある場所でエサを集める。昆虫や木の実、野イチゴ、種、果実、穀粒などを頬袋にたっぷりと詰め込み、巣に運んで蓄える。シマリスは冬ごもりするが、脂肪を体に蓄えて眠るのではなく、定期的に目を覚まして蓄えておいた木の実や種を食べる。
National Geographic 動物図鑑より

リスは上記の通り、木の実などを沢山集める。そして、それを蓄えて冬を越すための食糧にするとのこと。だが、蓄えるために隠した食糧をすべて覚えていて食べ尽くすのではなく、忘れる、というのはよく聞く話。

***

私たちは日々いろんなことを見て、聞いて、感じて過ごしている。
いや、もっと遡れば、生まれてきてから今まで、あらゆることに対峙してきた。

それはいろんな感覚を通じて脳に刺激として入ってくる。そして記憶として溜まり仕舞われていく。
リスが一生懸命集めて貯めた木の実や昆虫のように。

ただし、ビデオカメラで撮影して逐一正確に記録するように、人間の頭では全てのことが事細かに記憶し、常に思い起こされるわけではない。

小さな頃から積み重ねられた日々の出来事は、どこへ行ってしまうのか。
リスが木の実を隠した場所を忘れてしまうように、忘れてしまったのだろうか。

***

それは突然沸き起こる。

私の場合、クラシックのピアノの演奏を聴いた時。
自然豊かな公園で子どもたちを遊ばせている時。
なつかしい昔の写真を見た時。
学生時代はとうの昔に終えてしまったのに、学校に一歩足を踏み入れた時。
昔歌ったことのある歌を歌ったり聴いたりした時。
大学時代の友達と話した時。

記憶としてはすっかり忘れているはずなのだ。あるいはあまりにも奥深くにしまわれて、そうそう簡単には引き出せないはずなのだ。むしろどこかに行っちゃって迷子になっているくらいなのだ。
その日その時感じた喜び、あるいは辛かった気持ち、切ない思いを、日頃の生活で思い出すことは少ない。

でも、例えば昔習わせてもらっていたピアノ、自然豊かな場所で育った子ども時代、その時の気持ちが、ピアノの演奏を聴いたり、自然と触れ合ったりすることをきっかけに、あたかも過去にタイムスリップしたかのように鮮やかにその時が目の前に現れる。

また大学時代に遅くまで勉強と研究に勤しんで辛かったこと、ついにはその経験を直接生かせるような仕事に就くことができなかった悔しさが、大学時代の友達と話していたり、大学に足を踏み入れたりするだけで蘇ってくる。

木の実は隠して忘れちゃったはず。
でも小さな小さな芽がでていたのだ。

何かを体験して、その体験が実際自分の人生に目に見える形で結びついて、
履歴書に大々的に書ける内容だったり、人様の前で発表できるレベルに何か大成できた、あるいは人生の使命になった、なんてことはたぶんそんなにない。
経験したことのほとんどは、明確な形となって、わかりやすい成果、その人の目指すべき道に、とはならないことの方が多いだろう。

少なくとも私には小さな頃の経験がその後の人生の進路を決めた、ということはない。

埋めた木の実は大樹には育たなかった。
側から見たら全然立派なんかじゃない。

埋めたのに、上手に発芽しなかったなぁと思うことなんて沢山ある。

ピアノを習わせてもらってたけど、大したレベルにまで上達はできなかったし、所詮趣味レベルで人前で披露できるようなものにもなれなかった。大学で頑張って研究していたけれど、研究の仕事には就けなかった。

しかしどんな些細なことでも、それが人に自慢できるレベルの何かに結びつかなくとも、確実に私の人生の中で育っている。
たとえ土の中にずっと埋まったまま芽が地上に出てこなかったとしても。

月並みな表現をするならば、何一つ人生に無駄な経験はない、ということか。

はっきりと形を成していなくても、
微かにその木の実たちが発する光や温かさを感じるだけで、
今まで自分がちゃんと生きてきたんだなぁという安堵感、頑張ってきたんだなぁという自分を褒めたい気持ち、周りに対する感謝の気持ちなんかがフワーッと巻き起こる。
日々の積み重ねが私を作っている。

言葉にして的確には言い表せない大切な場所。
頭の中に埋められている沢山の記憶たちが、小さく、そして確実に芽吹いて私というものを作り、押し上げ、前に歩かせる。

今までの自分がそうであったように、
今日見たり感じたり思ったりしたことはきっと未来の自分を安堵させたり、感動させたり、切なくさせたりするのかもしれない。
そう考えたら、毎日毎日がどんな日であっても、それだけでとても大切なものなのではないかと改めて感じた。

#リス #木の実 #ドングリ #貯める #隠す #忘れる #発芽 #積み重ね #薬剤師 #つぶやき

いつも読んでくださりありがとうございます。サポートしてくださると励みになります⭐︎