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今さらそんなこと言われても。

「君は、本当に下手くそだね。」

20代の頃、定年近い職場のおじさまにはっきりとこう言われてしまった。

人からこんなにもはっきりと「出来ていない」ことを指摘されたのも人生初だったのかもしれないと思う。

ショックだったけれど、だからと言って言い返したり、怒ったり、言い訳をしたりできるレベルではない。

その時、同じ部署の先輩後輩と昼食をとりに、近くの蕎麦屋に来ていたのだった。

そう、私は蕎麦を食べるのが異様に下手くそなのである。

自覚はあった。
昔からパスタをおしゃれに美味しそうに食べられたことがない。
自分としては、大好きだし、ものすごく美味しく頂いているのだけれど。

ラーメンも、油はねを気にして、割り箸で掴んでモソモソと。
素麺も口に入れて、あっ、ちょっと多くを口に運びすぎた!と気付いて噛み切り、残りの麺がボチャンと麺つゆに落ちてゆく。
(不快な気分にさせたらごめんなさい。)

家族で麺を食べていたときでも、父親が食べると気持ちの良いズズーっという音を立てて、麺が口の中に瞬時に消えるのに。

もう麺類を食べ始めてから久しいのだが、いつまで経っても上手に扱えない。

大抵の料理の場合は、音を立てて食べることが行儀が悪いと怒られる。

「クチャクチャ言わせない!」

私も今まさに自分の子どもたちにそのように指導しているところである。

なのに、なのにだ。
なぜ麺類は逆に音を立てろ、と?

あんなに勢いよく啜れば、汁気が気管支に入って盛大にむせてしまうのではないか。
そう思えてきて、未だに勢いよく啜ることが出来ないのだ。

なんで麺類だけ音を立てることを推奨するのか。
今さら直せと言われても...

なので、家族以外で、わざわざ麺類を友人や知人と食べに行こうとは思えないのだ(パスタはギリギリセーフ)。

パスタに関しては、あまり豪快に啜る音は立てない方が望ましいのかもしれないが、
もしかしたら、素麺・ラーメン・蕎麦はその啜る音さえも、美味しい、幸せという感情表現になっているのかもしれない。

ということは、私にはその感情表現がうまく出来ない。
更には、職場のおじさまの気分を害してしまったように、好ましくない食べ方で不快感を与えているようだ。

昔は焼き魚を出された時に、骨から上手に肉だけ剥がして食べることが出来なかった。だから魚を出されると憂鬱だった。
今はなんとか、食べ終わる時には骨と皮だけが皿に残るくらいにまで上達した。

しかし、麺類はどうもダメだ。

残りの人生を掛けて、果たして正しい食べ方をマスター出来るのだろうか。

#麺類 #食べ方 #表現 #作法 #行儀 #つぶやき #薬剤師

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