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ライブ前に阿佐ヶ谷駅前の公園にて

note初心者です。
今見てるところですと一番上の写真が反転します。
どうして良いのかわからないので
そのままにします。
すみません。

多数バンド掛け持ちの職音楽家でして
昼から夕方は中野のスタジオで月末にある
レコーディングのリハーサルに。

ここが来るたびにパワーアップされていて
いや、凄すぎ。

フリーバナナ、フリー茹で卵、フリープリン(手作り)、フリースイカ、フリーお菓子、
クッキングヒーターと炊飯器とオーブン、
フライパン、他にもいろいろ全部ただで、
ここなら住めるな、と思いました。
これが東京です(私含めて地方出身者よ)。

昼リハ夜ライブなので2つ弁当を用意しておいた。
なので、スタジオの好意は茹で卵一つ頂いただけ。

その後に阿佐ヶ谷で自分のバンドのライブ会場へ、
そのリハーサルをした後、駅前広場に弁当持参で
向かう。
貰い物の保温マグ?にレモン炭酸とダメな焼酎と氷を足しておいて、夕食。

残り物の紫茄子の味噌炒め、ツルムラサキと大豆ミートの炒めもの、蒸かし芋、切っただけのミニトマトとししとう以外ではメインとして敷き詰めた玄米、白魚のだし巻き卵とモウカサメの塩麹漬け焼。
リンキーディンク中野で貰った茹で卵をトッピング。

また回転してる。対処法がわかりません。

向かいの樹の下のベンチには(多分)トルコ人の女の人達と子供たちが群れている。
大人の男はいない様子。
弁当を食べながら、彼女らを見ているだけで
全く飽きない。

残念ながら僕はテュルク語系はさっぱりわからない。
日本なら公園ママ友と言われそうな彼女らは盛んに会話をしているが、
愛想笑いらしいものが全くない。
子供達は、血縁のある人もない人も居るだろうが
お互いに年齢をこえて触れ合っている。
あ、じべたでなんか口に入れた赤ん坊が、と思うと一番大きそうなお兄さんが引き上げる。

普通だよなあ。これ。
と飯を食いながら気持ちよく思う。
見ていて気分が良い。

以前よく、単身で全く地縁の無い欧州の町に
長滞在することが多かった。
自分だけがその場で会話されてある言葉が理解できない、 ということは奇妙に心安らぐ居心地だった。

それを思い出した。

それに引き換え、同国人(日本人)らしい人達を眺めれば、この公園の中にいる同胞(だと見えた)の人達の全ては、自分を含めて皆、一人でいる。
スマートフォンを眺め、イヤフォンをし、或いはただただうなだれている。
なんだかこっちのほうが不自然だ。

トルコ人(らしい)人達の並びは、何か真っ当で
人らしい感じがした。

弁当を食べ終わったあと、保温マグに作っておいたレモンサワーを啜りながら、彼女らを見ていた。
全く飽きることがない。何故だろう。
何を話しているか、ビタイチわからないのに。

少しだけ話しかけたかった。
今晩は、すみません、どちらのお国から来られたのですか?
中には非常に流暢な日本語で会話するご婦人もいた。
ただ、彼らの当たり前のようなこちらから見える情景に、自分は少しこえられなかった。

毎日食べる好きな食べ物は何ですか?
僕も食べたいのですが、どうしたらいいですか?
学がないので言葉が駄目ですが、テュルク語系の音楽はいくつも好きなものがあって、僕の専門は貴方達の祖先が能くした金属加工業の恩恵を(産業革命による収奪で見事に利益を得た欧州経由であるが)
うけたtubaという、非常に効率の悪い不細工な金管楽器を演奏することの上に、
誰とでも如何なるときも演奏出来るように
即興演奏者となりました。
なんならお子さんと輪になって踊る方がいい。

みたいなことが、飯食い終わってライブ開始予定
10分前に頭の中を5秒間でどっと駆け抜けた。

結局話しかけなかった。
それはタイミングで、時間のあるときには
適当に行動している。

ライブ会場は駅を跨いだ反対側だ。
立ち去ろうとすると、公園の端っこに
女性たちの家族らしい男性達がいた。
ムスリムの家庭に居候していたとき、
こうして男性と女性は必ず分離して暮らしていたけど、トルコってそうだっけ?
とわからないままに店へ戻った。

マスターのトルコ人の恋人はついこないだクニへ帰ったのだった。

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