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銅版画絵本『なんかひとりおおくない?』制作過程を大公開!──銅版画ってなに?

今回ご紹介するのは、第39回「日産 童話と絵本のグランプリ」絵本の部大賞を受賞した、『なんかひとりおおくない?』です。

2023年12月12日(火)発売

じいちゃんちは、ぼくんちのマンションとは全然ちがう、大きな茅葺屋根の家。今年の夏休みも、いとこたちが集まって、みんなでお泊まりだ。かくれんぼやドッジボールをして遊んでいたけれど、なんだかちょっとおかしいぞ……?


作者は、うめはらまんなさん。絵本は全編、銅版画で描かれています。細かい線で描きこまれ、まるでその場にいるかのようにリアルな古民家の雰囲気が感じられます。圧巻です!

『なんかひとりおおくない?』本文原画

版画といえば、「木版画」を思いうかべる方が多いのではないでしょうか。編集担当の私もその一人で、版画ときくと、線が太めで素朴なフォルムを思いうかべていました。「銅版画」も耳にすることは多いですが、具体的な技法のちがいについてはよく知りませんでした。
うめはらさんは以前にも同賞に応募されていて、繊細で力づよさも感じる絵が、個人的にもとても印象に残っていました。その制作技法が「銅版画」だときいて、“なるほど! ……でも、銅版画ってどうやってつくるんだろう?”と思い、今回、うめはらさんに表紙原画制作の様子などをお伺いしました!

うめはら まんな
1962年、東京生まれ。多摩美術大学デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。在学中から、銅版画をはじめる。文具デザイナーを経て、イラストレーターとして活動。絵本作家を志して創作を続け、「第38回 日産 童話と絵本のグランプリ」にて優秀賞、佳作を2作同時受賞。静岡県在住。


銅版画での絵本原画制作──うめはら まんな

美大の2年生のとき、選択科目に版画があったことがきっかけで、銅版画をはじめました。
もともと、ちまちまと細かい絵を描くのが好きだったので、すっかりハマってしまい、卒業制作も銅版画で川越の蔵造りの街並みを描きました。版画教室のゆる〜い雰囲気も大好きで、ずっと入り浸っていました。

今回の作品は、家の近くの古民家をスケッチしていて、「何かいそうだな」と思ったことがきっかけで生まれました。制作をはじめたのは8年くらい前ですが、ページ数も内容も何度も検討し、応募作品の形になりました。

『なんかひとりおおくない?』表紙原画

銅版画では、まず銅の板に防蝕膜をつくって、鉄筆でその膜を削り、腐蝕液に漬けることで銅板に溝をつくります。そこにインクを詰め、まわりのインクを拭きとって紙に刷っていきます。
その工程を、写真でご紹介します。


01.銅板の裏面に防蝕のためのシートを貼る

シートには、裏に接着剤のついた壁紙を使っています。失敗してシワシワになってしまい、貼りなおすことも多いです。

02.銅板の角をやすりで落とす(切りっぱなしだと危ないので)
03.銅板の表面を研磨剤で磨く

磨けば磨くほどピカピカになって、鏡のようになります。細かな傷がなくなればオッケーです。

04.防蝕液を流し引きし、乾かす

防蝕液はケチってかけると失敗してしまうので、たっぷり出して、あまったぶんは容器に戻しています。

05.トレーシングペーパーに描いた下絵を銅板に乗せ、プレス機で圧をかけ転写する

トレーシングペーパーに2Bくらいの濃いめの鉛筆で下絵を描いて、銅板にかぶせ、プレス機で圧をかけると、防蝕液を塗って黒くなった銅板に鉛筆のグレーの線が反転して転写されます。
その線のとおりに鉄筆で描いていき、刷ると、また反転して、下絵のとおりの絵になります。

06.銅版画プレス機

線の密度と腐蝕時間の長さで濃淡をつくります。
ただし、いっぺんに縦、横、ななめと線を描いてしまうと、線に囲まれたところの防蝕膜が剝がれてしまいます。
なので、まず縦の線を描いて腐蝕をし、防蝕液を引きなおし、横の線を描いて腐蝕をし、腐蝕液を引きなおし、次にななめの線を描いて腐蝕をして……という工程をくり返していきます。

07.鉄筆で描いていく

防蝕液を塗った銅板は、そんなに力をいれなくても、鉄筆で普通に描けば削れます。
どの工程も楽しいのですが、鉄筆で描いているときがいちばん楽しいです。夢中になって描いていて、フッと手を止めたとき、好きなことに没頭できることは本当に幸せなことだなぁー、と、思ったりします。

08.腐蝕液に漬ける

絵を描いた板を腐蝕液に漬けます。このとき、板を上向きにすると、腐蝕したカスが板の上に乗ってしまうので、板を下向きにします。

09.直すところは削ったり磨いたりして修正する

ずいぶん面倒なことをするなぁ、と思われるかもしれませんが、いちばん厄介なのは修正です。直したいと思うところを様々な道具を使って、最初のつるつるの状態に戻してやらなくてはなりません。

修正は、「削ったところを埋める」というより、「削った深さまでまわりを凹ませる」というかんじです。直したいところだけ凹ませるのではなく、まわり全体をなだらか〜に凹ませないとインクが入って汚くなってしまいます。
また、直すつもりでゴシゴシやり過ぎて、別の傷をつくってしまったりもします。

10.ローラーでインクを詰める
11.寒冷紗でインクを拭きとる

最初に粗拭きするのは、寒冷紗という目のあらい網のような布です。畑の防虫や遮光などにも使用します。12の仕上げ拭きにつかうのは、お洋服の裏地につかう化繊の布です。

12.仕上げ拭きでさらにインクをきれいに拭きとる

溝の中のインクまで拭きとってしまうこともあります。なので、力の加減や、銅板の温度(電熱器で温めるとインクがはいりやすくなります)、布の拭きとる方向(布目)など、いろいろ工夫しながらやっています。
でも、一枚一枚、刷りの濃さなどに差ができてしまうので、何枚か刷っていちばん良いかんじのものを選ぶようにしています。

13.プレス機で刷る

なかなか思うようにいかず、歯がゆい思いをすることも度々ありますが、プレス機にかけて恐る恐る紙をめくり、きれいに擦れたときの喜びは、版画でなければ味わえないものです。


完成した表紙原画


版画絵本『なんかひとりおおくない?』

こうして、『なんかひとりおおくない?』ついに完成しました!

絵本『なんかひとりおおくない?』

木版画などとのいちばん大きなちがいは、色のつけ方なんですね。木版画などが凸版(※1)であるのに対して、銅版画は凹版(※2)であることがわかります。材質の特徴もあってか、工程もかなり多いですね。
もちろん表紙だけではなく、トビラ、本文、見返しと、すべてのページの原画を根気強く丁寧につくられています。
※1 インクのつく部分がほかの面よりでっぱっている印刷版
※2 凸版とは逆に、インクのつく部分がほかの面よりくぼんでいる印刷版

今回は銅版画での原画作成過程ということで絵にフォーカスしましたが、文章も受賞時からさらに再検討し、うめはらさんの思いきりの良さで、シンプルで心に残る仕上がりになりました。

ぜひ、絵本を読んで、ちょっと不思議な茅葺屋根での夏休みを体験してみてくださいね。


なんかひとりおおくない?
定価1,540円(10%税込)

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