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北欧スタイルと次世代料理人

美食から遠かった国が

 自然石のような器に清楚で美しい料理。料理にはハーブや花が楚々として絡み、詩的情緒がある。日本でも見られるようになったこのタイプのスタイルに、北欧の影響を確実に感じる。

 美食から程遠いと言われた北欧諸国は、ここ10年で食の先進地と言われるようになった。その大きな要因を作ったのが「世界のベストレストラン50」で第1位を4年連続で獲得した、デンマークのレストラン「ノーマ」だ。「ノーマ」は、北欧に新しい食文化を構築するというミッションの下、プロデューサーのクラウス・マイヤーとシェフのレネ・レゼピがタッグを組んだプロジェクトとして始まった。2004年に彼らが発表した「新北欧料理のためのマニフェスト」の冒頭では、料理のあるべき姿を「ピュア、フレッシュ、シンプル、エシカルな表現」としている。地域に根ざし、サスティナブルな料理が国益に繋がること、そのためには料理人のみならず生産者・食べ手・学者・政治家の協力が必要だと説いた10個条は、曇りない清々しさで、世界の国々の人々の心を動かした。

 こうした姿勢に強く共感したのは、20代、30代の若手料理人たちだ。低成長時代に育ち、目指すべき料理人の目標を、自国の先達から描けなくなった彼らに、北欧の示したビジョンは光となった。やがて、料理の修業先として、フランス、イタリア、スペインに北欧が加わり、「ノーマ」の厨房には世界から研修生が押し寄せた。新北欧料理は、こうして次世代の料理人に伝播していった。彼らは、美食=贅の公式を捨て、シンプルを是とした。レストランからテーブルクロスをなくし、コックコートを脱ぎ、物々しいサービスをやめた。かつてフランスやイタリアに学んだ料理人達は、彼の国の食材や食文化の伝道者となったが、北欧に学んだ料理人達は、デザインや生き方を北欧の厨房で学んだ。流れは、日本にもやってきた。

デンマークの厨房で見たもの

 2015年10月に開業した「スブリム」のシェフ、加藤順一さんのキャリアのスタートは「タテル・ヨシノ」。筋金入りのザ・クラシックなフランス料理だ。日本でフランス料理の基礎を叩き込み、パリの三ツ星店「アストランス」を経て、デンマークの二ツ星「エー・オー・シー」に渡った理由は「新しさ、デザインを学ぶこと」にあった。「正直、美味しいとは思わなかったんですよ。でも、デザインや未知の魅力は感じました。デンマークの厨房で驚いたのは、盛り付けをいかに美しく革新的にするかに、異常というほど力を注いでいたことです。料理人というより、クリエイターに近いと思いました。他に新鮮だったのは、厨房の中で、シェフは決して絶対的な存在ではないということ。ヒエラルキーがない。料理のアイデアは、キャリアに関わらず、皆で平等に出します。新しいことを皆で考えるエネルギーに、自分もワクワクしました。常識をいい意味で壊されたし、自由に考えられるようになりました」。加藤さんは33歳だ。(取材時の2016年)

未来のレストラン像

   ここに、国連「持続可能な開発ソリューションネットワーク」調べ「世界の幸福度ランキング」の調査結果がある。2016年のベスト3はデンマーク、スイス、アイスランド。日本は53位だ。例年北欧勢が上位を占め、GDPだけではない尺度、例えば困った時に相談できる人がいるかなども、幸福度を図る尺度だ。物質的な幸福から心の幸福が謳われる時代となって長い。北欧は、経済が行き詰まった西欧諸国、そして日本にとっても、生き方や暮らし方の先進国となった感がある。

 幸福度の話は、次世代の料理人とも関係が深い。彼らが北欧に求めたものは、自由な心で働けるレストランの未来の姿なのだろう。北欧は、食材は貧しい。が、豊かな創造力とデザイン力という強みを生かした。個人の力を越えて、共同のクリエーションが料理の可能性を広げることもまた厨房で実践している。料理人が持続的な循環社会に貢献するという発信は、料理人の職業価値をも上げる。物や情報に振り回され、過去の常識やしがらみに身動きの取れなかった次世代の料理人たちは、現状を打開して未来に繋がるヒントを、北欧スタイルの中に見ようとしている。

METRO MIN. INTO THE FOOD Vol. 4

寄稿は2016年7月。北欧を体感した若いシェフたちが少しずつ出てきた頃でした。取材した「スブリム」の後も、「クロニー」春田さん、「Kabi 」安田さんなど、いずれも新北欧料理の洗礼を受けた若い世代が東京で現在活躍中。最近は、技術はフランスや日本で学び、仕上げを北欧という流れも起きているように感じます。そして昨年、本家本元「ノーマ」の東京支店として「inua 」が登場。トップに挙げた写真は「inua 」のデザート。松の新芽を使ったもので、日本人でも見過ごすような食材のキャッチ力に驚きました。出尽くしたようでいても、料理観はまだ変えられるという爽快ななにかを、北欧料理は示してくれている気がします。




今後の取材調査費に使わせていただきます。