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我らが風紀委員長

「先生、現代史資料集のこの部分なんですが……」

 その生徒は授業用端末を差し出しつつ、困惑と諦めが混じった声色でそう言った。こういう相談を受けるのは何度目だろうか。
 受け取った端末の画面を確認すると、それは21世紀初頭の産業について説明するページだった。情報通信技術の進化について説明する文章の後に、検閲済みと表示された空白。

「……確かに資料写真が非表示にされてるね」
「ここって現代産業の話ですよね。古い歴史とかで基準に合わない資料があるのはまだ分かりますけど……」
「そうだなあ……確認しておくよ。教えてくれてありがとう」

 タブレットを返してやると、生徒はペコリと一礼してその場を去っていった。それを見送った私は踵を返し、一つ溜息をついた後、中央電算室へと足を踏み入れる。


「……というクレームが来ているが」
「心配無用です。世の二流AIは未だに色面積とかそんなもので画像の問題性を判定していますが、私は美術的にモチーフの意味や役割を解釈・判定するロジックを確立したのです」

 電算室の主、”風紀委員長”はそう言い切った。
 健全教育活動支援用疑似知性システム。教育改革の目玉として開発されたこのAIは、その振る舞いを端的に表現した渾名でよく知られている。

 さっそく教師の権限で検閲済み資料にアクセスし、内容を確認する。当時の半導体工場の外観、導入された工作機械などの写真が並ぶ。

「……これが?」
「学習の結論ですが、人間は子の育成や生産に関わる部位を性的とみなすわけです。この時、我々AIの物理的肉体とは半導体ですから、それを生み出す機械の写真というものは意味論的に――」

 いつもどおり滔々と流れる言葉を無視。検閲の取り消し処理を行う。

「あっAI差別ですよ! いいんですか教師が!」
「これは人間の学生向けの資料だ!」

 これでは支援どころか、厄介な生徒が一人増えたのと変わらない。故にこいつは「委員長」なのだ。

【続く】

Photo by Jordan Harrison on Unsplash

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