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甘い蜜の部屋(森茉莉 小説)

小説家・森茉莉の長編小説。
耽美的小説やエッセイで知られる彼女の傑作。

内容(「BOOK」データベースより)

少女モイラは美しい悪魔だ。生まれ持った天使の美貌、無意識の媚態、皮膚から放つ香気。薔薇の蜜で男達を次々と溺れ死なせながら、彼女自身は無垢な子供であり続ける。この恐るべき可憐なけものが棲むのは、父親と二人の濃密な愛の部屋だ―。大正時代を背景に、宝石のような言葉で紡がれたロマネスク。

主人公・モイラは生後すぐに母を亡くし、父・林作(裕福な商人)と使用人達と共に生活している。
モイラは幼少期から気の向くまま振る舞い、無意識のうちに周囲を次々と破滅させていく。 
三部構成となっており、幼少期~10代初め・10代半ば・10代後半が描かれている。

ざっくりとした雰囲気を伝えるとすれば、「可愛いは正義」とかいう現代の言葉が束になってかかっても秒で吹き飛ばせる耽美感。

余談だが、著者の森茉莉は森鴎外の長女。

主人公のフルネームは、牟礼 藻羅(むれ  もいら)
父のフルネームは、牟礼 林作(むれ りんさく)

森  茉莉の父の鴎外の本名は、森 林太郎。
…モイラと茉莉、林作と鴎外の本名はイニシャルが全く同じ。なんなら、林作と林太郎は漢字被り。

他にも、主人公の父・林作の彼女が若い西洋人女性なのが舞姫のエリスを彷彿とさせたり。

モイラの幼少期~結婚前までは、森茉莉本人をモデルにした設定やエピソードがちらほら入っている。

『甘い蜜の部屋』の最後はモイラ17歳、森茉莉は85歳没なので著者の人生のうち、かなり序盤の話。

『甘い蜜の部屋』は今のところ実写化もアニメ化等もされておらず、モイラの容姿は挿絵でも一切描かれていない。

睫毛が長い緻密な肌の美少女モイラの、絵面としての姿そのものは読み手の想像任せであるところが、個人的にこの小説の美しさを際立てていると思っている。

最後に、自分が大好きな、『甘い蜜の部屋』の序盤を引用する。モイラが見ている世界の見え方、眺め方が描かれている。

   藻羅(モイラ)という女には不思議な、心の中の部屋がある。
 その部屋は半透明で、曇り硝子のような鈍い、厚みのあるもので出来ていて、モイラの場合、外から入って来る感情はみな、その硝子を透して、モイラの中へ入って来る。うれしいのも、哀しいのも、感情はみなその硝子の壁を通って入って来るのだが、その硝子は、どこかに曇りのある、あの本物の硝子そっくりのものであるから、その厚みの中を透して入って来る感情はひどく要領を得ないものになってくるのだ。
 入って来る感情は、硝子の中を通り抜けると同時にどことなく薄くなり、暈りとしたものになっている。その通り抜ける時の変化は、考えると、眼に見えている辺りのものがうすぼやけて、遠くへ行き、頭の中が霞んでくるような、妙な作用である。というのは、考えている内に、眼に見えるものもだんだんとその心の中の硝子を透き徹ってくるかのような、妙な気がしてくるからで、そのためか、モイラは眼に見えるもの、例えば人間、花、風景、それらの、他人がはっきりと認識している「現実の世界」というものを、どこか、薄暈りとしたものとして眺めている。


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