物理戦争・サイバー戦争・大量洗脳兵器について

幸いな事に火薬や原子力を用いた大量破壊兵器による大規模な世界戦争は半世紀以上起こっていない(少なくとも民間人が知り得る情報の範囲内では)。航空機爆撃による兵器工場の破壊活動は、スタックスネット型ウィルスをコンピュータに感染させるサイバー攻撃に取って替わり、マルウェアで制御システムそのものを乗っ取り不可逆的機能停止に陥らせるというスタイルに変わった。つまり何らかの損傷が顕在化するまで仕掛けられた側が攻撃に気付かない可能性すらある。非常に楽観的なものの見方をすれば、抑止力としての効果以外に大量破壊兵器の役割はなくなってしまったとも解釈できる。物理的な破壊行為は攻撃者の存在を露呈させるリスクを常に伴うものだからである。長期的に潜伏していられる工作活動の方がより大きな効果が期待できる。攻撃そのものに勘付かれる事なく、姿を隠したまま敵の行動を操作する方法があれば、大量破壊兵器よりも強力な武器と成り得る。死んでしまった者達は戻らないが、例え敵であったとしても、もし完全なコントロールが可能ならば、生きている者達は手駒としての利用価値があるからである。それは大量破壊兵器ではなく、大量洗脳兵器である。

現代の技術ではコンピュータシステムの隠密的掌握が限界だが、脳とコンピュータを繋ぐ装置があると人間の感情や行動も、スパイウェアを使って誰にも察知される事なく完全掌握する事が原理的には可能になる。視覚を通した原始的なやり方ではあるものの、米大統領選挙戦ではそのような心理操作が行われた証拠が挙がっている。スマートフォン普及以前からメディアは大衆の心理操作に使われる道具であった。遠隔操作によって脳に直接書き込む方法が開発されると、コンピュータにウィルスを感染させるのと同じ方法(メモリへの上書き)で、外見上何の痕跡も残さず感情や行動を操作できるようになる。例えば自分に対する恋愛感情を特定の人間に植え付けるために金を惜しまない人間はたくさんいる。恋の毒矢のようなアプリが開発されダークネットで高値で取引されるだろう。

当然大量洗脳兵器に対抗するためのセキュリティ技術の開発は必要である。しかし十分ではない。それでは敵の火力を上回る兵器を作り続ける兵器開発戦争の泥沼から永遠に脱却できないからだ。問題の根源的な原因は人間の憎悪と利己心にある。これらを消し去らない限り、問題の根は断ち切れず、攻撃形態はより隠密性と掌握性の高いものが生み出され続け、進化の一途を辿るだろう。しかし憎悪と利己心を第三者が抑制するのでは意味がなく、それは洗脳と何ら変わりない。一人一人の人間が問題の根源を捉え、不断の努力によって対処しなければならなない。自らの中に存在する真の敵、憎悪と利己心とを可視化できる事にこそ、脳操作技術の最も重要な価値がある。憎悪と利己心と戦うためには非常にアナログで古典的ではあるが、例えば毎日の瞑想が大きな効果を持つだろう。現代的新しさ付け加わるとすれば、神経核の活動から憎悪と利己心の大きさを数値として可視化できる事だろう。しかし脳操作技術は補助装置としての役割しか持たず主体は常に人間であるべきだ。技術とはいわば人間が自らを写し取った影である。人間という自然の中に秘められた力の方が、人間の創造物よりも遥かに大きい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?