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右手の人差し指の付け根から

右手の人差し指の付け根が、チリチリと痛むようになった。よく見ると、直径5ミリ程度の放射線状のシワがある。どうやらその中心点がチリチリと痛んでいるようだった。

こんなシワあったかしらと思い、じっと手を見るが、元々こんなものだったような気もしてくる。何だかキモチワルイ感じがして、痛みとシワについては考えるのをやめようと思った。思ったが、チリチリと微弱な痛みは四六時中続き、利き手であることも相まってなかなか頭から離れない。

電車の吊り革を掴んだ時、PCのマウスを握る時、包丁を手に取った時、自転車の鍵を閉める時、何かの拍子で右手の動作が必要になると、決まって頭をよぎる謎のシワ。手相的に何か悪いものなのでは、と考えて調べてみたものの、めぼしい検索結果は得られなかった。一体、このシワはなんなのだろうか。


何もわからないまま1週間ほど経つと、シワの中心が徐々にめり込んできているようだった。微弱な痛みは、相変わらずチリチリチリチリと続いている。わたしは、もう慣れようとしていた。

突然できたホクロみたいなものだと思うこととしたのだ。何故だか、昔からあるホクロとそうでないホクロは、はっきりと見分けることができる。ホクロを特段意識した生活など送っていないのにも関わらず、新参者のホクロはすぐに目につく。ふとした瞬間に目に入った古株のホクロには温かい感情すら湧く。幼い頃に、母が二つのホクロの間をきゅっとつまみ、「ほら、ゾウさんだよ」と遊んでみせた思い出が蘇る。

このシワは新参者のホクロと同等に扱おう。そのうち周りに馴染んで、気付くと古株の一員になっているに違いない。


ところが、この放射状のシワは頑なに主張を続けた。チリチリチリチリ痛みは続き、中心がめり込むことで周辺の皮膚が柔らかくねじれ、ごく小さなデニッシュのようである。


こんな夢を見た。

わたしの右手は、現実と同様に放射状のシワがあり、中心は現実以上にめり込んでいる。チリチリとした痛みは、夢の中だからか感じない。

なぜかわたしはさびれた港にいて、タンカーを待っている。周りには仕事仲間らしき屈強な男の人たちがいる。みんなして、仁王立ちのまま水平線を眺めている。近くに置いてあるラジオからは、失くしたもの特集と銘打って「失くしもの」をテーマに扱った曲が流れていた。失くしものは様々で、大事なアクセサリーやぬいぐるみ、カバン、財布、思い出や恋だった。

一曲だけ何を失くしたのかよくわからなかった。その曲が流れている時に、水平線の向こうからぽっこりとタンカーが現れたのが見えた。港はボロボロの木の桟橋が二つあって、私と男性のうち1人が一方の桟橋に向かい、タンカーはもう一方の桟橋につけるようだった。

ラジオの音が突然大きくなった気がした。失くしてしまったものは何かわからないが、妙に歌詞が耳に入ってきやすい歌だった。

反対側の桟橋に居た男たちが、「燃えるぞ!」と騒いでいる。なにが、と思いながら周りをキョロキョロ見るが、燃えそうなものなど何一つない。何を言っているのだろう、と思った矢先、私の隣に立っていた男が燃えた。ぼわっと明るくなって、私の服の裾に火が燃え移ろうとしているのが見えた。

その時、右手の人差し指の付け根が強く痛んだ。痛んだので、右手を見ると、付け根の放射線状のシワからぴょんと鬼が飛び出した。それほど大きくない、手のひらサイズの鬼である。頭はアポロチョコくらいの大きさで、体はひょろりと細い。その鬼がピーピー、キーキー言って、私と燃える男性の間に飛んで割り込んだ。

夢の中のわたしは、その鬼の小さな後ろ姿を見ながら、ああ助かったなどと考えている。そして目覚めた。


奇天烈な夢である。だいたいタンカーなんてめっちゃでかい船があんな古ぼけたボロボロの桟橋につけるはずがない。変なラジオだったし、男性が急に燃えるし、何より、あのシワからちっちゃい鬼が出てくるなんて、常軌を逸した世界観だ。

寝覚めはしばらく放心した。

夢は、日中あったことや思考などが混ざり合った世界観になると聞いたことがある。昨日の日中何があったっけなどと考えたとき、はっとした。あーあ、とつい声に出た。

右手の痛みがない。窓辺の明かりで手のひらを見るけど、あのシワがない。

本当に鬼を出しちゃったんだ、そう思って大きなため息が出た。



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