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デザイナーへ贈る「ウィット」な思考/『遊び心のあるデザイン ─視線を勝ち取る「ウィット」なアイデア』

そもそも「ウィット」って何? なんとなくは分かるけど……という方へ。
2018年12月に刊行した書籍『A Smile in the Mind: Witty Thinking in Graphic Design/遊び心のあるデザイン  ─視線を勝ち取る「ウィット」なアイデア』を紹介します。

この本は1996年に刊行された同名の書籍『A Smile in the Mind』に、新たな事例と編集を加えた改訂版(旧版、改訂版共にPhaidon刊)の邦訳です。掲載されている事例は1000点以上。初版に掲載されていた作品に加えて、ここ20年間の、様々な角度から選び抜かれた「ウィット」溢れる作品を、年代・国・巨匠・若手・匿名問わず紹介しています(深澤直人さん、原研哉さんをはじめとした日本のデザイナーの作品も掲載されてます)。

ここで浮かび上がる疑問がひとつ。
「ウィット」とはそもそも何でしょうか?

「ウィット」という言葉を聞いたことがある人は多くても、「ウィット」とは何かを聞かれてすぐに答えられる人はそう多くないと思います。この先、クライアントから「もっとウィットに富んだ表現が良いな」という要望を受けることがあるかもしれないし、その逆も大いにあり得ることです。
本書では、『改訂版の序文』と『序文』の後、まずウィットとは何者なのかを明らかにします。

著者は『ウィットのすすめ/ウィットとは何か?』という項目で、“「お馴染みのもの」を取り上げて、それと対照をなす「遊び心」を加えるとウィットが生まれる”と説明しています。実際の例を知ると、イメージが掴みやすいかもしれません。

“ウィットを生み出す思考には必ず明快な構造がある。デザイナーがあるプロジェクトの書体にGaramondを選ぶことをウィットに富むとは言えない。ただし、Garamondを使ってTシャツに「Helvetica」という単語を組むなら話は別だ。Jack Summerford(ジャック・サマーフォード)がSouthwestern Typographics社のために使用したアイデアである。この場合、「お馴染みのもの」とは、「書体に関して、Helveticaはデザイナーにとって聖域中の聖域である(だった)」という概念だ。また、「遊び心」はモダニズムの旗手とも言えるHelveticaを古風なGaramondを使って表現するところにある。グラフィックに表現されたウィットを理解するには、「お馴染みのもの」と「遊び心」は何かを考えるとよい。(p.12)”

「Piece Together For Peace」。
世界地図を並べると十二支になる。
長井賢太郎/Graflex Directions、日本、2007〜2012年(p.87)


さらに著者はウィットを使用した作品についてこう述べています。

“実際に、すばらしくウィットに富む作品とは、高い洞察力を引き出すものであるし、本当に優れた作品は、固定観念を覆すような方法でウィットを使用している。「お馴染みのもの」「遊び心」という2つの要素は、ウィットに富むアイデアを理解する過程で体験する、「見覚えがあるという認識」と「驚き」という、2つの心の動きを引き起こす。この2つの心の動きは、いわば作品成功の土台である。ウィットを効かせたソリューションが、見覚えがあるという認識を強く与えるものの、驚きがほとんどなければ、当たり前すぎてインパクトが弱い。逆に、驚きに溢れているものにほとんど見覚えがなければ、不可解で謎めいたそのソリューションはほとんどの人に理解されず、不安と挫折感を与えてしまう。また、見覚えと驚きの両方に乏しいソリューションは完全な失敗である。もし、非常に馴染み深いものに大きな驚きが伴っていれば、見覚えと驚きの要素が共に豊富なそのソリューションは成功し、大ヒットする。(p.12-13)”


毎日、私たちは多くの情報に囲まれて生きています。公共交通機関には必ずと言ってよいほど広告が並び、商品棚(もしくはウェブ上)で鎮座しているあらゆる製品が、私たちの気を引こうとデザインされているものです。その中で「ウィット」は大きな武器になります。

「ウィット」について少し理解が深まったでしょうか? これまでの説明の中で、「ウィット」という言葉の響きと「遊び心」がキーになることから、ウィットは楽しくて面白みのあるものだけだと捉えられているかもしれません。しかし、ウィットが楽しいものとは限りません。著者は「ウィット」と「ユーモア」の違いを示しながら、「ウィット」は楽しいだけではなく別の顔も持つことを示唆しています。

“「ウィット」と「ユーモア」の関係はどうだろう?本書はウィットとはユーモアの下位分類だと考えている(ユーモアがフォルダー、ウィットはファイルだ)。下位分類には他に茶番劇やドタバタ喜劇なども入るかもしれない。ただし、ウィットはユーモラスなことが多いとはいえ、必ずしもそうとは限らない。ウィットに富んだアイデアには、大笑いさせるものや笑顔にするものもあれば、敬意や畏怖の念を抱かせるものもある。そこで、そうしたアイデアをほぼ網羅するのが本書だ。(p.13)”

実際にどんな作品があるのかは、後日更新予定の記事と、本の中で是非ご確認ください。

最後に、初版から20年経った今、何故改訂版を出版するに至ったのかを知ってもらうために、改訂版の著者であるGreg Quinton(グレッグ・クゥイントン)とNick Asbury(ニック・アスベリー)が書いた『改訂版の序文』を掲載します。

“本書の初版が1996年に出版されたとき、世代を超えて読み継がれる本になるという予感をもたらした。ブログやソーシャルメディアもなく、デザインパブリッシングが蔓延する前の時代、初版は過去数十年間に発表された作品の宝庫として、デザインを学ぶ学生の必読書となり、どのデザイン会社の書棚にも置かれていた。

本書は初版の出版から20年を経て初めての改訂版であり、その間に世界は様変わりしている。クリエイティブなプロジェクトは、かつてないほど手軽に共有できるようになった。しかし、書籍という形式には今なお何か特別なものがある。選び抜かれた作品を一冊の本に凝縮できるのは紙書籍ならではであり、ページをめくるたびに新しい発見や関連性が明らかになる。初版はかなりの影響力を発揮し、デザインについてのある種の考え方──発想を重視するデザイン/問題解決のためのデザイン/ピンとくるデザイン/思わず笑顔になるデザイン──を体現する、象徴的なステータスを獲得した。しかし、初版に掲載された作品が時間とともに色あせるにつれ、作品に息づくウィットも、たったひとつの時代や一昔前に流行った表現形式に関わるものとして忘れ去られてしまう恐れがある。この新版の狙いは、事実はその逆だと示すことにある。ここ20年間でウィットの世界は拡大している。デザイナーが新しいテクノロジーを使いこなしたり、専門分野の境界を越えて、より自由な作品制作が可能になったりするに連れ、ウィットの世界は縮小するどころか、より大きくなっているのだ。

ウィットは大きなビジネスであり、Google社やApple社、Coca-Cola社といった巨大企業の成功と切り離すことはできない。それでいて、ウィットがかつてないほど大衆的になっていることは、ブランド・アイデンティティが発表されるたびに、洗練されたオマージュ(元の作品に敬意を表して創られた新しい作品)やパスティーシュ(元の作品を模倣して創られた作品)が相次ぐことから明らかだ。ウィットは、共有の時代の通貨ともいうべき、ミーム(模倣によって広まる情報)を生む。今なおブランディングとマーケティングの中心にあるウィットは、マーケティングの対象となる製品や、私たちが製品と出会う環境を形成する重要な要素である。ウィットは、スーツケースを冒険の旅の乗り物に変え、掃除機を家族の友達に変える魔術である。ウィットは電球でもあり、時計や車、アプリ、道具、橋、墓場でもある。最大限に活用すれば、ウィットはより良い世界を築くための推進力となる。ウィットは文芸教室を空想の世界に変貌させ、点滴を子供に超人的な力を授ける道具に変え、生きる喜びを表す公園のベンチになる。

私たち著者は本書を新たな世代にふさわしい改訂版にするために、次の3点を念頭に置いた。

第一に、初版は多様な作品を一冊の本にまとめるだけに留まらず、「ウィットを効果的にする要素とは何か」を面白く、且つわかりやすく分析しており、こうした初版の精神と構造を尊重すること。

第二に、作品に語らせること。できるだけ新しい作品に紙面を取り、不朽の名作と混在させることを視野に入れて、すべてのデザインと編集上の決定が行われた。

第三に、現在使われているウィットのすばらしい多様性を伝えること。従来のグラフィック分野だけでなく、デジタル、技術文献や報告書、政治や環境といった分野の作品も取り入れた。さらに、こうした多様性は最終章のインタビューに協力してくれた方々の専門分野にも反映されている。最終章では、過去の巨匠と現代のクリエイターが肩を並べ、国や専門分野の垣根を超えたさまざまな意見を表明している。

新しい作品を選択するにあたっては、膨大な幅広い候補の中から選別した。ブログやニュースフィードに蓄積される世界中の作品が候補として日々追加され、この圧倒的な量だけでも編集は困難を極めたが、ウィットが健在であることがわかって安心もした。作品はそれ自身がすべてを物語る。本書を紐解けば、数々の楽しいアイデアが専門分野や時代を超えて飛び交い、クライアントとクリエイターが狙ったあっと驚く効果を発揮しているのがわかるだろう。そしてページをめくるたびに、前とは違った理由で新たな笑顔が生まれるはずだ。

初版の著者の2人に感謝申し上げるとともに、この改訂版が彼らの着想を発展させるものとなることを祈る。(p.4)”


A Smile in the Mind: Witty Thinking in Graphic Design  遊び心のあるデザイン ─視線を勝ち取る「ウィット」なアイデア』で実際にどんなウィットが掲載されているのかを紹介する『ウィットの種類』『世界のウィット』に関する記事と、ポール・ランド、ソール・バス、福田繁雄など著名なデザイナーのインタビューが掲載されている『アイデアが閃くとき』に関する記事も随時アップする予定です。

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