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試し読み:『デザインはストーリーテリング』 序文

この記事では、2018年10月に刊行した書籍『デザインはストーリーテリング─「体験」を生みだすためのデザインの道具箱』の簡単な紹介とともに、序文を公開いたします。

本書は、デザインはストーリテリング(物語ること)である、という見立てのもと、デザインの領域が広がった時代のためのツールやフレームワークがコンパクトにまとまっている手引書です。

「ストーリー?」と思われる方も多いかもしれませんが、この本を読むと、あらゆる場面でストーリーとデザインが関与していることがわかります。人にプロジェクトの内容を伝えるとき、ネットショップでほしい商品を見つけたとき、シャワーを浴びるとき、新しいサービスを立ち上げようとするとき……。特に、人々の意思決定に関わるタイミングにおいて、「ストーリーテリング」、つまり「展開を描いて人々の感情やふるまいを引き出すこと」は、強力に作用するようです。本書では、問題解決に収まらないストーリーが持つ力を、その倫理とともに学ぶことができます。どんなサービスやプロジェクトに従事していようと、人々と関わり合うデザインを実践されている方におすすめの一冊です。

著者であるエレン・ラプトンは、タイポグラフィへの関心とともにそのキャリアをスタートさせ、自身もグラフィックデザイナーでありながら数多くの著作を残しています。さらに、メリーランド美術大学(MICA)ではディレクター、クーパーヒューイット・スミソニアン・デザインミュージアムではシニアキュレーターを務めています。ミュージアムという広く知を公開する機関での経歴や、その著書『Beautiful Users: Designing for People(万人のためのデザイン、小社刊)』や『D.I.Y.: Design It Yourself』のタイトルから感じられるように、彼女はデザインを人々にひらくことを自身の使命としているのかもしれません。本書の原著名『Design is Storytelling』というなかなか強気なタイトルは、いかに人々と共有し、関わり合うかを考えてきた著者ならではのものなのでしょう。

それでは以下より序文です、どうぞ。[岩井]
(公開にあわせて見出しの追加や省略を施してあります。須永剛司先生による本書解説も併せてお読みください。)

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「問題解決という考えが、私の学びたかったデザインの実践のすべてに当てはまるとは思えませんでした」

「デザインとは問題解決」という言葉を聞いたのは、私がニューヨーク市にあるクーパー・ユニオンの美術学部の学生だった頃でした。あれは1980年代初期のこと。まだフォトショップやデジタルフォント、インターネットなどというものが登場するずっと前の話です。当時私たちは、視覚的な問題を解決するためにデザイナーがするべきことは、単純な形を合理的に扱うことだと教わりました。ニューヨーク市の地下鉄で採用されている案内標識の表記方法は、当時も今も非常に画期的な問題解決になっています。このデザインを考案したのが、マッシモ・ヴィネッリとボブ・ノールダです。2人はサンセリフ体の活字を鮮やかな色の丸い模様に配して、薄暗い地下鉄の駅全体の標示を統一しました。数年にわたる調査のあと、1970年に導入されたこのシステムは、誰にでもわかりやすい上に維持するのも容易です。おかげで40年以上にわたり、問題は解決されてきました。

 でも、MTA(ニューヨーク州都市交通局)の標示システムは、A列車の乗り場がどこかということよりも、もっと多くのことを語っています。地下鉄の駅にこの標識が登場した当初、くっきりとした白の字体と鮮明な色の丸模様は、合理的なコミュニケーションのための新しい言語として人々の目に留まりました。この標識は問題を解決しただけではありません。伝えるべきアイデアと原理を具体化したのです。その有効性は、複数社で競って運営されていた地下鉄網が政府運営の公共機関に生まれ変わったときにも発揮されました。こうして地下鉄は、秩序と信頼、そして都市生活への誇りという価値観を乗せて走り出したのです。

 学生の頃は、問題解決という考えが、私の学びたかったデザインの実践のすべてに当てはまるとは思えませんでした。問題解決だけでは納得がいかなかったのです。デザインに、見た目の美しさや感情的なもの、感覚的なものはいらないのでしょうか。ユーモアはどうでしょう。葛藤や受け手の解釈は? 学生時代から今に至っても、私は執筆中の著作や学芸員の仕事の中で同じことを自問しています。

〔…〕

 地下鉄は合理的なシステムというだけではありません。そこで眠りに落ちる人もいます。恋に落ちる人だっています。酔っ払いや迷子、ときには自らの命を絶ってしまう人もいます。地下鉄とはそんな場所なのです。列車が駆け抜けプラットフォームを揺らし、下着やらシワ取りクリームやらを売り込む広告があちらこちらに見られます。イヴ・ベアールが2008年にデザインしたコンドームシリーズ(ニューヨーク市の保健所が市民に無料配布したもの)は、地下鉄の標識にヒントを得たものでした。コンドームのパッケージに採用された地下鉄の色鮮やかな丸い模様は、人々がせわしなく行き交い、そして自由に混ざり合う、愛と危険が隣り合わせのニューヨークという街を表しています。ベアールは、合理的な問題解決に感情的なストーリーテリングを組み合わせるという手法で、人間中心のデザインを実践しているのです。

「ストーリーテリングを活用することは、……ひいては彼らの行動やふるまいを引き出すことになるのです」

では、ストーリーテリングとデザインとの接点についてお話ししていきたいと思います。ストーリーとは、展開を描いて読み手(聞き手)の興味を刺激するものです。ストーリーとひとことに言っても、リメリックよりも短いものや、叙事詩のようにとても長いものなどいろいろあります。一方、交通標識やウェブアプリケーションから、シャンプーのボトルや避難シェルターまで、あらゆるものが持つ意味を、形、色、素材、言葉、装置などを使って変換し、表現するのがデザインです。デザインは価値観を具体化し、アイデアを表現します。そして、私たちを楽しませ、驚かせ、何か行動を起こすよう促してくれるのです。たとえそれがインタラクティブな製品であっても、情報量豊富な出版物であっても、デザイナーは人々がその場へ入り込んでみたくなるようなデザインを考えるでしょう。そこで一体何に触れ、何を思い、何を動かし、何を成し遂げることができるのかを人々が知りたくなるように、デザインするのです。

 『デザインはストーリーテリング』では、ビジュアルコミュニケーションの心理学について、語り手の視点から探っています。人間は生きていく上で、常にパターンを探し求め、作り上げています。そしてそのパターンが崩れると、好奇心を掻き立てられ、刺激され、ときにはイライラもします。ストーリーテリングを活用することは、製品や伝えたいことをユーザーの想像力に結びつける手助けとなり、ひいては彼らの行動やふるまいを引き出すことになるのです。

〔…〕

「デザインとは、一歩先を考えて起こりうる未来を予測する技術なのです」

『デザインはストーリーテリング』は、創造的な展開を生み出すための脚本です。ここで紹介するツールや概念をもとに、今日のダイナミックなユーザー中心のデザインについて考察してみましょう。本書は、読み進めるうちにグラフや図表の使い方、文章の書き方、発明や分析手法などを学ぶことができるようになっています。

 この本には、舞台のように3つの幕があります。第1幕「展開(Action)」では、ナラティブアークヒーローズ・ジャーニーなど、ほとんどのストーリーが持つ基本パターンについて探ります。デザイナーはこうした物語のパターンを、製品やサービスとそれを使うユーザーとの関係性に当てはめて考えることができます。例えば、新しく手に入れた電子機器の箱を開けるとき、銀行口座を開くとき、はたまた図書館を訪れるとき、そこには期待から不安といった気持ちの上げ下げを伴うドラマチックな流れがあります。デザインとは、一歩先を考えて起こりうる未来を予測する技術なのです。シナリオ計画デザイン・フィクションには、未知の状況を想像するため、現状に疑問を投じるため、そして可能な未来を演出するために必要なさまざまなツールとテクニックが込められています。

 第2幕の「感情(Emotion)」では、デザインがどのように気分や雰囲気や思い出に関与するのかを見ていきます。共創することによって、デザイナーはユーザーへの共感力を築き、人生を豊かにする解決策を生み出しやすくなります。365日、常に幸せな人は、この世にはいないでしょう。ユーザーのエモーショナル・ジャーニーは、上がったり下がったりします。イラっとすることや頭に血が上ることだって、満足することと同じくらいにあるのです。

 第3幕は「感覚(Sensation)」です。ここでは、知覚と認知に焦点を当てます。ストーリーはその展開にかかっていますが、人の知覚もまた、それと同じことが言えます。視線ゲシュタルトの法則、そしてアフォーダンスといった概念は、知覚が秩序と意味を生む動的プロセスであることを示すものです。行動経済学の研究では、デザインによる小さなヒントが意思決定に影響を与えるということがわかりました。知覚は私たちに積極的に働きかけ、変化させる力を持っています。私たちがデザインしたものを、見て、触って、使う人自身が、それが役割を果たすことに一役買うことになるのです。色と形について考えることが、多感覚的デザインへの入り口です。デザインは人をある方向へと導くことができますが、進む道を選ぶのはユーザー自身です。

 本書の締めくくりに、各自でプロジェクトを評価するためのツールを紹介します。デザイナーも文章の書き方のコツを押さえておけば、明快で展開力のあるストーリー作りに役立つでしょう。新規プロジェクト用のワークシート(生徒と教師用)のコンテンツを組み合わせて、オリジナルのストーリーをデザインしてみましょう。教室でも自宅でもできますから、ストーリーテリングのD.I.Y.に是非チャレンジしてください。そして最後に、ストーリーテリングのためのチェックリストを使ってあなたのデザインのプロセスを見直してみましょう。あなたのプロジェクトは展開を描いていますか? そのプロジェクトは、ユーザーに行動を促しますか? あなたは、ユーザーになる可能性がある人たちへの共感を抱けていますか? あなたのプロジェクトには、見る人を積極的かつ創造的に惹きつける力がありますか? そのプロジェクトには、ユーザーから行動を引き出すデザインの要素が取り入れられていますか?


本書は、デザインのプロセスとその伝え方について書かれた本です。デザイナーたちは、ストーリーを使って人の感情を煽ったり不安を和らげたり、事実を照らし出したり考えを誘導したりしています。アプリを使用するのも旅行の計画を立てるのも、音や風景や体験のフィードバックをもとに時間をかけて行うプロセスなのです。そのプロセスの途中で行き詰まりや障害に出くわして、体験が台無しになったり遅れたりすることもあるでしょう。例えば、バッテリーが無くなった、クレジットカードが通らない、ポップアップ広告がとめどなく出てくるなど、体験を妨げる要因はさまざまです。その体験がどう計画されたかによって、こうした日常のドラマのワンシーンは愉快にも不快にもなるのです。

 デザイナーの方たちが実際に仕事をする際に、手元に置く参考書として使ってくれたらと思い、この本を作りました。たくさんの人に楽しんでいただけたら光栄です。楽しいイラストも満載ですよ。

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