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【なんでもやりたい屋】#003

日付:2020/12/13(日)晴曇
依頼者:川尻哲也 様
場所:東京都三鷹市
内容:ペレットストーブ設置工事

12月1日の午後、ストーブ設置のお手伝いという件名で依頼メッセージが川尻さんからきた。川尻さんは、僕が2014年から借りているアトリエがある「青梅織物工業協同組合」の敷地内の元ボイラー室を改装した建物に事務所を構える「東京ペレット」というペレットストーブの会社の代表で、僕が大学を卒業して露頭に迷っている時にストーブ設置や事務所の外壁工事など仕事をくれたり、青梅の飲み屋(今は無くなってしまった夢の世界の様な不思議なお店も幾つかあった)を連れ回してくれたり恩が尽きない方でもある。
日程が合わず一度は話が流れてしまったが、今回のストーブはとても大きく、設置工事も大掛かりになる事が予想されたた為、3人で作業したいとのことで、急遽12月13日の日曜日に依頼を受けれる事となった。
当日は、東京ペレットで働いている榎戸項右衛門さん(木彫家で大学の先輩)も一緒だ。

現場が三鷹市のため、早めの8:00に青梅の事務所に集合予定。早めに着くともう川尻さんはトラックに荷物を積み込み終える所だった。暫くして項右衛門さんが軽バンで颯爽と現れ、ストーブと資材を載せたトラックに項右衛門さんと僕、ADバンに川尻さんという配置で三鷹へ出発した。
久しぶりに会う項右衛門さんは、同じ大学と言っても年が10個近く離れていて初めて会ったのは僕が大学を卒業して川尻さんにお世話になってからだった。普段はバリバリに木彫をしていて、コミカルな人間味ある動物を彫っているのだが、風貌はイカツイ兄さんと言った感じで知人でなければ道を譲ってしまう雰囲気がある。近状報告や、最近の展示小噺などしながら八王子IC手前のセブンイレブンに到着。日曜日の早朝「だって、誰も起きてねーんだもん」と朝飯を買う項右衛門さんは2児の父だ。
朝食を済ませ、八王子ICの昨日と同じゲートを潜る。渋滞なくスムーズに道を進み、9:10に現場到着。川尻さんは先に着いていて施主夫妻と近所の犬を抱いたおじさんと談笑していた。施主夫妻は柔らかい雰囲気が漂い、川尻さんに似た雰囲気を持っている。

今回の現場は、正に閑静な住宅地とはココ!と言った場所ににある古い平家をセンス良く改装した一戸建てだ。文化住宅の様に大量生産された平家ではなく、サザエさんの家の縮小版と言った感じで、家のぐるりを背の高さほどのコンクリの板塀が囲い、スライド式の赤くヤケた板の門構えが渋い。玄関を入ると戦時中の物か、骨董の焼き物人形が出迎え、左に小さな書斎、右に天井の高いダイニングキッチン(以前ドイツ人の奥さんが住んでいたらしく、欧風な造りとなっている。)、正面が板張りの居間となっていて、今回のストーブの設置場所だ。居間は、4畳半間が2つ続いていて飼い猫が居る為今日は真ん中の襖が閉まっている。居間の窓越しに木々が低く切り揃えられ、手入れされた庭があり、奥にレコードが壁一面に整理されている書斎が見え、美人な猫が時々横切っている。全体的に天井は高く壁は漆喰、黒い梁と柱を浮き出した造りで所々に骨董品がセンス良く生活に馴染んでいる。
家に見惚れてしまうが、早速ストーブを家に入れる作業が始まる。今回のストーブは、なんと日本に2台目というイタリア製の大型ストーブだ。形は、縦にも横にも長く平べったい。前面に暗い色の耐熱ガラスが幅広く入っていて片側に湾曲している。火の入っていない状態ではストーブらしさは無く大きなモニターがついた機械の様子。搬入経路を確認し、トラックの荷台で開梱する。玄関までは台車を使いなんとか運べた。問題はここからで川尻さん曰く、ここがメインイベントだ。川尻さんと項右衛門さんは手際良くとんでもなく幅の広いベルトをストーブの下に噛ませた。リュックサックを満員電車で前に背負う様に専用のハーネスを着ける。おへそ辺りに幅広のベルトの差し込み口があり、ベルトごと二人で「えいやっ」とストーブを持ち上げるらしい。僕は、ストーブが振られないようにバランスをとる係りだ。二人の掛け合いでゆっくり慎重に持ち上がるストーブは段を上がる毎呼吸を整え直して難なく居間に搬入出来たが、二人はぐったり太ももを震わせている。見た目にはわからないが、「全力疾走した後と同じ」と言いながら項右衛門さんは一服をしに行った。
大仕事が終わり、小休憩をすると次の作業が始まる。ペレットストーブなので煙突を通す穴を開けなければならない。更に今回は、隣の書斎(玄関入って左)へ温風を送る穴も開けるので2つの穴を開けるのだ。煙突の穴だけであれば、正直なところ万一、数ミリズレていても何とかなるらしいが、穴が2つとなるとストーブと壁の穴の位置をピッタリ合わせないと取り返しのつかない事になる。人の家に穴を開ける工事というのは、僕にとっては胃に穴が空く程の精神状況だろう。こちらの方がメインイベントの様な気がするが、この作業は項右衛門さんが担当らしく、差金やコンパス、コンベックスを器用に使いながら手際良く穴位置を割り出していく。何度も計算をしながら壁に切り欠き線を入れる姿は木彫に通ずる繊細な作業だ。あっという間に線を書き終えると丁度お昼の時間となった。

「この辺でおすすめの中華屋知りませんか?」川尻さんの問いに「うーん、あんまり…」と施主の奥さん。何で中華なんですか?と聞くと、いつも現場ではチェーン店以外の中華料理屋でお昼を食べるという決まりらしく、ちゃっかり施主に店を聞く前から項右衛門さんはGoogleで近くの店を調べていた。一番近く東八道路沿いに在る「八蔵」というラーメン屋に歩いて向かう。12月も中旬というのに東八道路の銀杏並木は黄色い葉を沢山付けている。「なんか今年は太陽の力が強いよねー」と話しながら到着。皆つけ麺を注文、項右衛門さんは麺3玉!背脂チャッチャ系でスルリと完食。店を出ると「あの麺の感じは温かいスープだったなー、失敗した。」とラーメン通の項右衛門さんは残念そうで、「麺3玉は、後半つけ汁も冷えて脂が固まっちゃってた。」と更に後悔していた。

現場に戻り、トラックをベンチにコーヒーブレイク。
12:40、午後の作業が始まった。僕は、海外規格の電源を日本規格に変換するトランスをストーブに設置する作業を貰った。ストーブ裏のパネルにコードの通る穴を新たに開けて配線する作業なのだが何分高価な製品なだけに緊張する。僕が少し手際悪く作業していると傍で既に壁に穴が2つ開いていた。
14:30、外の煙突に続く穴も開け終えひと段落し休憩する。施主夫妻の用意してくれた麦茶の入ったドイツ製の魔法瓶は猫の形の可愛らしい物で、首を捻ると首元からお茶が出てくる仕組みとなっていた。「何で口じゃないんだよー。」と突っ込む川尻さんは愛猫家。

一服を終えいよいよ、ストーブの排煙口と温風口を壁の穴に嵌め込む。重たいストーブは3人掛かりで少しづつ動かす慎重な作業で、一切のクリアランスはない。施主夫妻も見守る中、途中書斎側に回り込んだ川尻さんから「うわー、ピッタリだー!」の声。その間も配管を調整する項右衛門さんは誇らしげだった。
気持ち良さに酔いしれる暇もなく次は外に出る煙突の設置が始まる。僕は、温風を送るダンパー調節に必要な六角レンチの買い出しに近くのコーナン(650m先)に歩いて向かう。この六角レンチは、日々の調節に使用する為、よく見るL字の六角レンチではなく、T字のグリップの付いた物を川尻さんが事前に用意し施主に渡すらしいのだが、見間違えて4mmの筈が5mmを買ってきてしまったらしい。六角レンチアルアルだ。
日曜の昼下がり、混み合うコーナンは、コロナウイルスで特別な一年となったものの相変わらずの年末の装いで、皆どこか浮き足立っている様に感じる。六角レンチを見つけ、一応川尻さんに確認の電話をし、レジの行列を抜け帰ってくると、現場では煙突の最終調整に入っていた。
施主夫妻と煙突の頭をどうするか悩んでいる。屋根より上に出すのか、先端のパーツはどの形にするのか、パイプの取り回しをどう決めるのか。家の外側なだけに施主の悩みは尽きない。そんな時川尻さんは、スパスパと施主に寄り添いながら例を挙げて選択肢を絞っていくのだが、やはりプロ、経験とセンスが光る。最終的に鴨のクチバシの様な頭の短い煙突に決まった。そうと決まると項右衛門さんは直ぐに作業に取り掛かる。あれよあれよ家の中では川尻さんが試運転を開始し煙が出る頃、煙突が建っていた。

16:00、冬至に向けて益々暗くなり始めた空に白い煙を眺めながら背筋を伸ばしたりしていると、家の中から川尻さんが手招きをする。施主夫妻にストーブの説明も終え皆んなで火の入った大きなストーブを囲いながら、設置の安堵感と部屋を包むストーブの暖かさを嗜んだ。
川尻さんはもう少し現場に残って説明をするらしく、項右衛門さんと僕はトラックで先に帰る事となった。少し混み出した三鷹の道を府中ICへ進みラジオ番組の話などしながらゆっくりと青梅に帰る。

今回、約5年振りにストーブの設置現場へ行かせて貰ったが、川尻さんと項右衛門さんの仕事の分担、知らぬ間に工具が準備・片付けられていたりといった抜け目ない配慮に感心させられる一方だった。そして何より川尻さんの柔らかな掛け合いと間違いのないパス、それを淡々と熟す項右衛門さん。これは中村憲剛と大久保嘉人だなあと思う一日だった。

帰宅中、川尻さんからストーブに脚を掛ける美人な猫の写真が送られてきた。これを撮るために現場に残ったのか、抜け目無いなあ。笑

記念すべき三人目の依頼者となっていただいた川尻哲也さんに改めてお礼申し上げます。

2020.12.18 古屋崇久

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