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収束せよ!!


 一生着順が決まらない麻雀、というのを考えたことがある。一般的な半荘戦では、四人の各プレイヤーがそれぞれ親番を二回行い、四十分程度で着順が決まる。それに応じてポイントが加算減算され、いったん点棒をリセットして次のゲームに移る。野球なら九回とせいぜい数回の延長戦でリセットされるし、サッカーなら九十分と少しだ。ゲームには区切りがある。
 その区切りを取っ払って、延々と点棒のやりとりを続けたらどうなるだろうか。そんな麻雀は誰もやりたがらないだろうが、もし技量が似通っている四名を集めて「エンドレス麻雀」をやらせたら、しばらく経ったある日、点棒が全員接戦状態になるだろう。サイコロを振り続けたらすべての目がほとんど同じ回数出現するのと同じだ。巨人と阪神が1296回に及ぶ「一試合」を行ったら、おそらく接戦になっているのではないだろうか。これがペナントレースになると明確な差が生まれる。いや、ペナントだってひとつ高次の区切りにすぎない。でも、どこかで差をつけないとゲームは終わらない。

 差を生み出しているものの正体は「区切り」である。
 どこで区切られるか。その区切りがどうであったかによって、あるプレイヤーは大敗し、あるプレイヤーは勝利する。麻雀なら半荘、野球やサッカーなら一試合。ここで区切られるからこそ、勝敗は決し、人はそれを楽しむのだ。
 区切りこそがゲームをゲームたらしめている。ゲームがゲームらしくあるための大前提と言ってもいい。

 競艇というギャンブルを長いことやっている。長期的な視点で考えながら、どこに期待値があるのかを必死で探すのが私のスタイルだ。レースごとの的中不的中などには構わず、日単位の勝ち負けにもこだわらなくなって久しい。
 これは要するに「区切らない」ということを意識的にやっているに過ぎない。言い換えるなら、ゲームをゲームとして楽しんでいない。そのレースの結果やその日の収支に振り回されることこそが、ギャンブルの醍醐味であるのだ。それを放棄して、代わりに金銭的な勝利を手にしようとしている。
 満足感や達成感は、区切りごとにしか訪れない。麻雀なら、ようやく獲れたトップや、その日の懐具合が最も大切だ。だから不合理な行動もしてしまう。明らかに集中力が落ちているのに勝つまで続けようとしたり、明らかに損な立ち回りをしながら無理に攻めたり。
 いくら長期的な勝利から遠ざかる行動であっても、人は区切りを優先する。だって、それが楽しさの根幹だから。

 長期的に勝利する、格好良く言い換えるなら「そのゲームを支配する」ためには、刹那的な楽しさから距離を置く必要がある。
 ギャンブルで勝つことのジレンマは、どうやらそのあたりにありそうだ。人間同士で行われるゲームで、大多数の人間に勝ちたいのであれば、大多数の人間に「できないこと」をやらなければならない。その中のひとつに「楽しまない」があるのなら、何とも苦しい話である。せっかくの遊戯なのに、それを楽しんではならないなんて、理不尽極まりない。
 もっと言うなら、勝利とは果たして何なのだろうかという疑問すら湧いてくる。これまで暗黙のうちに「金銭的な勝利」を念頭に置いてきたが、人生はもちろん金だけではない。楽しみ続けて財布を薄くした人の方が、苦しみ抜いて財布を厚くした人よりも幸せだったら、いったい勝者はどちらなのだろうか。

 ギャンブルにおける「好調/不調」という言葉が嫌いである。そんなものはない。単に区切りを意識しすぎなだけだ。そうやって冷静に努めていても、ふとした瞬間、そうやって好不調を楽しんでいる人を羨ましいと思ってしまう。バカにしているわけではない。心の底から羨ましい。
 もうギャンブルに刹那的な楽しさは見出せなくなってしまった。どんな「好不調」も収束することを知っている。いくら勝ち、いくら負けても、それが恣意的な区切りによって生まれた概念であることを知っている。その過程で上達や開眼の瞬間はあるものの、収束する先がどこになるのかの差だけで、やっていることは常に「大数の法則」という信念に則ったオペレーションにすぎないのだ。何とも味気ない。

 着順の上下も、点数の分散も、いつかどこかで収束して、そのとき得られるものは何なのだろう。収束するまでやったからといって、それが何かの足しになるのだろうか。
 希望があるとすれば、収束するまでやるというその決意の内側かもしれない。私は私の人生が、これからも続いていくと信じている。その瞬間がどうだとか、その日がどうだとかはさておき、ギャンブルというゲームを回し続けるその途上にいるのだと認識している。
 収束せよという祈りの背後に「人生賛歌」が流れているような気がしたとき、回し続ける過程すべてを愛せるようになった……とまで言ってしまうと格好のつけすぎだが、気が楽になったのは確かである。



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