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オンリーワンになりたい後輩とワン オブ オールな先輩

「だから、なんか急にさみしくなったんすよ!」
いつもの、仕事帰りの一杯。
今日も俺は、後輩の愚痴の聞き役だ。
「でもお前、結局休みは取れたんだろう? それでいいじゃないか」
「全然よくないっすよ! それはそれ、これはこれです。あー、もう、すいません、生お替り!!」
なるほど、良くない、と。よくわかったよ。だって、何度目だっけ、そのフレーズ。
「確かに僕は有給休暇を課長にお願いしましたよ。そしたら、課長はその日は人が充分いるからって、あっさりOKしたんすよ!」
「だから、休みがとれたんだからいいじゃねぇか?」
「よくないっすよ! あっさりすぎますよ。なんか、俺って、なんすか、居ても居なくても変わらないのかな、とか、頭数の一人にすぎないのかなって‥‥‥。そう思ったら、なんだかなんだか‥‥‥」
あぁーまずい、こいつがこのモードになるといかん。次は泣く。
「わかった、よくわかった。お前の気持ちはよくわかった! だから落ち着け」
「わかってくれたっすか、ほんとっすか!」
急に気分を持ち直して後輩はジョッキをあおった。いい奴なんだが、酒が入ると気分の浮き沈みが激しくなるのが玉に瑕だ。
だが、たしか、こいつもそろそろ入社3年目。言うべきことは言っておいた方がいいかも知れない。
「いいか、お前の気持ちはよくわかった。自分の価値が認められていない、まるで会社の歯車の一つになってしまったって気がするんだろう?」
「そうっす! ナンバーワンではなくてもオンリーワンでありたいっす」
なるほど、やはりそうだな。この機会に言っておいた方が良さそうだ。
「いいか、お前も入社3年目、後輩も出来たし、シッカリしてもらわないといけない頃だ。だから言うが、お前、休みに入るにあたって仕事の引継ぎはシッカリしているよな」
「もちろんっす。新人扱いしないでくださいよ。ちゃんと同僚に申し送りしてますって」
「それじゃぁ、通常の時はどうしているんだ」
「それもちゃんとしてますよ。自分がどんな仕事を担当しているかは、進捗状況も含めて同僚と情報を共有してます。自分が不在の時でも、取引先から連絡があれば、ちゃんと対応できるようにはしてるっす」
「それだよ。いいか、われわれ会社組織に属する人間に必要なのは、オンリーワンになることじゃないんだ。情報を共有してワン オブ オールになることなんだよ。事業の継続性って言葉知っているだろう? 急に誰かが不在になったとしても業務が停滞しない体制こそが、我々に求められているんだよ」
「そ、そうなんすか?」
「例えば、組織の最たるものである内閣」
「は、はぁ」
「その長たる総理大臣が万が一暗殺でもされたらどうなる?」
「え、それは、国のトップがいなくなるんだから大混乱になるんじゃないすか」
「いや、ならない、というか、ならないような体制を構築している。万が一の時に備えて、総理大臣の権限を引き継ぐ順番は決めてあるんだよ」
「ええ、そうなんすか!」
「それにお前が好きな戦争映画で出てくる軍隊もそうだ。戦場で指揮を執る小隊長が倒れた場合の指揮権移譲の順番も当然決めてあるぞ。そして、前もって指揮者との情報の共有も図られている。いいか、強い組織ってのはそういうもんなんだ」
「なるほどっすねぇ・・・」
「だからな、お前が休みを取ろうと申請して、それがすんなり認められたというのは、お前が情報共有を一人前にこなせていて業務の継続性に問題がないと判断されたということなんだよ」
「つまり、認められてるってことっすか?」
「ああ、まぁそうだな。オンリーワンになるのはいいかもしれんが、オンリーワンの部品が集まった組織は動きづらいんだよ。機能の代替ができる部品が集まるからこそ、円滑に組織が動くんだ」
「わかりました! なんだか、気が軽くなったっす。あ、おねーさん、生お替り!」

やれやれ、どうやら、理解してくれたようだ。
ナンバーワンでなくてもオンリーワン。
俺も昔はあこがれたっけ。そういや、こいつと同じように、有給を申請したところあっさり認められて、なんだか残念に思ったこともあったけな。

「よし、明日もあるし、今日はこれぐらいにするか」
「ありがとうございましたっす。勉強になったっす。自分にとって、やっぱり先輩はオンリーワンっすよ!」
おぉ? 
なかなかかわいいことを言ってくれる。
どうやら、ワン オブ オールでも、オンリーワンの一面は持てるようだな。
「よし、今日は俺のおごりだ。だが、飲んだ次の日は這ってでも会社に出て来いよ!?」
「もちろんっす。ごちそうさまっす!」
上手いことおだてられたような気もするがまぁ良い。
明日も頑張って、皆と協力しながら業務を回すとするか。



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