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【掌編小説】(自主規制) 感謝

 米国の高級住宅街。広い庭の一角、プールの横に持ち出されたリクライニングチェアで、老人がゆっくりと読書を楽しんでいる。
 孫息子だろうか、芝生を大型犬と一緒に走り回って遊んでいた少年が一人。
 家の中から、良い香りがしてくる。
 どうやら、妻自慢のクッキーが焼きあがったようだ。
 リビングのフランス窓を開けて少年の母親が声をかける。少年は、飼い犬を呼び寄せ、愛情をこめてその頭をなでると、老人の元へ駆け寄ってくる。
 毎日が楽しくて仕方がない。でも、明日はもっと楽しくなることも疑っていない。快活な少年の瞳には、わずかな陰りも存在しない。
 老人は、自分の胸に飛び込んできた少年の頬を両手で挟み込む。しっとりとして柔らかな頬。
 少年は老人の頬にキスをして、家へと走っていく。
「しっかりと手を洗うんだぞ」
 少年の背を追いかける老人の言葉には、愛情という翼が生えている。

 素晴らしい人生だ。
 老人は、本を閉じ、青空を見上げる。
 神様、感謝いたします。
 貴方が、寿命を延ばす手段を用意してくれなかったことを。
 もし、もっとも大切なものを捧げることにより、自分の寿命を延ばすことができるのなら、わたしはためらいもせずに、あの子をあなたに捧げたことでしょう。
 ああ、神様感謝いたします。
 そのような手段を用意してくれなかった、貴方に感謝いたします。



という、あらすじの掌編小説を書こうと思っていたわけでございます。もちろん、ここからそれほど膨らませるわけではなくて、せいぜい、最後の方にもう少しお化粧を施す程度で出来上がりなわけですが。
 ファイルデータを見ると、作成日は2017年12月5日。テーマとしては好きなテーマなのです。「自分の存在のためならば、もっとも大事なものでも惜しげもなく捨てることができる」という考え方。業と言えば、カッコ良すぎ? しかし、凄惨な事件が次々と起こる昨今の社会状況を鑑みると、「ちょっと、テーマが良くないのかしらん」、「公序良俗に反する小説として焚書坑儒されるぞ」、「少年のために、てめーが死ねよ老人」などの過激な意見が、脳内会議の場で飛び出しました。採決の結果、2-1のスプリットデシジョンで自主規制することとなったものであります。
 この作品の舞台はどうしても米国しか浮かびませんでした。日本‥‥‥という感じがしないんですよね。もうこれは、筆者の勝手なイメージでしかないですねぇ。こういう場に出ることができて、老人も少年も喜んでいることと思います。ありがとうございました!!



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