「初恋」

「僕」の今の名前は「佐田誠也」。

3月まで通っていた(と言ってもほとんど授業には出てなかった)大学を辞め、高校時代の友達と二人でアパートで同居し始めた。

「絶対にギタリストになってやる。」

中学の頃からギタリストになることを夢見ていた僕は親の手前一応大学にも行ったが、授業には出ずにギターの練習とバイトに明け暮れる毎日。

「俺はギタリストになるんだから他のことには目もくれない。」

とはいえ東京に出てきたからといって音楽でやっていく伝手もない。

僕はそれがどういうものかよくわからないまま求人雑誌に出ていた喫茶店の社員として働き始めた。


面接の時にいた少し背の低い子。
「可愛い娘だなぁ。」

そのままそこで働くことを決めた。

ウエイトレスをしていたその娘のことが頭から離れない。

(彼氏いるのかな?)とたわいもない空想が頭の中で膨らんだ。

バイトと社員の違いもよくわからず、とりあえず生活資金が欲しかった僕は社員として働き始めた。
社員は早番、中番、遅番といろいろなシフトが決められる。

面接の時に見た彼女、佐和ちゃんは最初の印象では年上だと思ったけど話してみると僕と同じ学年。

店では早番のアルバイトをしていた。

お客さんのあまり来ない平日の午前中などにいろんな話をするうちに僕は佐和ちゃんに夢中になっていった。

「どんな車が好き?」
それほど車には興味無かったけどアウディが好きだった僕はそこで佐和ちゃんと話が合ったことが嬉しかった。

「好きな音楽は?」
彼女は安全地帯が好きだという。

そんなことからいろんな話をし始めた。
自分のことや夢。


その頃の僕は「自分の稼いだ金で銀座で寿司が食べたい」とそれがいくらかかるのかもわからずにおぼろげながら思っていた。
仕事は週1日の休みがあるだけ。
彼女もいない。
慣れない上に調理場とウエイターの両方をやらなければいけない。
仕事が終わるとクタクタ。

休みの日もほぼ寝るだけ、という生活になっていた僕は以前に比べ少しお金は貯められるようになっていた。

「寿司食べに行かない?」
ある時、思いきって佐和ちゃんを誘った。

最初は迷っていた様子だったが、あまりしつこく誘うので諦めたのか「じゃあ今度ね。」と言ってくれた。

(銀座の寿司屋なんていくらかかるんだろう?)
まったく無知な僕はなんとかなるくらいに思っていたけれど、いざ行く時になって心配になり、寿司ではなく二人が同じ時間に仕事から上がれる時にご飯を食べに行くことになった。

二人で同じ時間に上がれる日曜の夜。
僕は佐和ちゃんと店の近くの喫茶店で待ち合わせをした。

遅れてきた店の制服姿ではない佐和ちゃんと店から少し離れたレストランに行った。

向かい合わせの席に座り、いろんな話をした。
彼女の笑顔をとても可愛いと思った。

それから度々僕は佐和ちゃんと二人きりで合うようになった。

と同時に、店にも慣れて同僚から佐和ちゃんのことを聞きだした。
「店の先輩と付き合ってるらしい。」
と教えてくれた。
僕は、仕事はできるかもしれないが教えることの前にすぐに怒るその先輩が嫌いだった。
今はどうなっているんだろう?
気になってはいたが直接彼女にきく勇気もない。
そんなそぶりもみせず会う度に僕は彼女に夢中になっていった。

何度目かに銀座にあるチェーン店のレストランで佐和ちゃんと食事をした時、僕はやっと彼女に告白をした。

予想した通り、いい返事は返ってこなかった。

Yesではなかったが、Noでもなかったのをいい事に僕はその後も彼女を誘い、二人の時間はその後も続いた。


ある時、同居していた友達から「今度の土曜の夜は、ウチ空けてくれ」と言われた。
彼女がいるらしいことは知っていたので、その彼女が泊まりにくるんだろう。
断るわけにもいかず、僕はその日どうすればいいかもわからないまま部屋を一晩空けることにした。

散々悩んだあげく、僕は佐和ちゃんと食事をしている時にそのことを話してみることにした。

「一緒にその日どこかに泊まってくれる?」

僕には勇気のいる問いかけに彼女は明るい顔でYESを僕にくれた。

女の子とどこかに泊まるなんて初めてだった。

昔ホテルでバイトをしていた頃の知り合いに頼み、銀座のホテルを予約。

その日、僕は遅番で23時まで仕事。

早番バイトの彼女は僕の仕事が終わるまでどこかで時間を潰してくれるという。

仕事の後、待ち合わせ場所に現れた彼女とそそくさと食事を済ませ、予約していたホテルへ行った。


その日、僕は大人の壁を越えた。


それから佐和ちゃんはちゃんとした僕の彼女になった。
佐和ちゃんは僕よりもずいぶん「大人」で、以前は彼氏と同棲をしてたこともあったらしい。

それとほぼ同時に彼女と付き合ってるらしいとされていた先輩は仕事を欠勤するようになった。
思いきって彼女のその事を聞いてみると、付き合ってはいたけれどその先輩はギャンブルが好きでサラ金などから多額の借金をして逃げ回っていたらしい。
そのまま先輩は店を辞めた。


佐和ちゃんはよく手紙をくれた。
とても女性らしい綺麗な字。
今のようにメールなど無い時代。

ある日の手紙に、仕事の後で店長に食事に誘われて京橋の店に行ったと書いてあった。

その時は店長とバイトの関係とあまり気にしなかったが、次の日店長と話をしていて
「佐田はぽっちゃりした子が好きなんだろ?」
と言われた。
僕と佐和ちゃんのことを知っているようだった。
建前上、店では従業員同士の恋愛は禁止であった。

それからも何度か佐和ちゃんは店長と食事に行ったという手紙をくれた。

(彼女はどういうつもりなんだろう?)
二人で会っても店長の事を話す佐和ちゃんの気持がわからなくなりかけていた。


そしてある日、僕は早番。
佐和ちゃんも同じ時間に上がれるので会う約束をしていた。
が夜のバイトの子が休み、上がれそうにない。
いつも待ち合わせをしていた喫茶店で僕は彼女を待った。

僕は
(店長はわざと佐和ちゃんを上がれないようにしたんじゃないか?)と思い始めて何度か店に電話を入れた。電話にはレジにいた彼女が出た。

「ごめんね、まだ上がれないの。もう少し待ってて。」

約2時間遅れて彼女が来た時には僕のいらいらは最高潮に達していて、その不満を彼女にぶつけてしまった。

店を出て電車の中で彼女はぽつりと言った。

「もう別れよう。」


僕の初恋は終わった。


つづく


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