見出し画像

「この曲いいよね!」と話せる人がいなかった。

こんなにいいミュージシャンなのにクラスの誰も知らない。こんなに面白いアニメなのに友達は誰も見ていない。そんなアーティストや作品があなたの心や記憶にもあるだろうか。


◆10代の頃に好きだった音楽を愛し続ける。

人は10代の頃に好きだった音楽を人生の中で愛し続けるという。
それは、本当だと思う。

今でも好きになる音楽はあるけれど、何だかんだあのころ好きだった曲を聴くとしっくりきてしまう。数年ぶりに会ったにもかかわらず、昨日も遊んでいたんじゃないかと思える友達に似ている。

最近も昔よく聴いていたアニソンを「ええわあ。いやあ、ええわあ……」と曲が流れるたびにニヤニヤしながら聴いていた。

僕は音楽を作る立場でもあるので、過去のものに浸るとき、「そんな事してないで新しいものを取り入れなきゃ」と焦燥感がわき上がってくる。でもそいつにはこう言ってやることにしている。好きなものを好きと思って何が悪い。こういうのが大好きなんだから仕方ないじゃないかコノヤローーーー。

◆一生知ることなく過ごしていたかもしれない。

今でこそ深夜帯のアニメにも有名作が多かったりするし、NetflixやAmazon Primeなどでサブスク配信もやっている。公式の見逃し配信もある。

だけど僕が子どものころの深夜アニメといえばテレビでひっそりと流れているだけのものだった。一年に一度だけ夜の間しか咲かない月下美人のように、気づかなければそこから一生出会わない可能性のほうが大きかったのだ。

そういった番組は音楽にもあった。その日、たまたま夜中につけたテレビであるミュージシャンの特集が放送されていた。アーティスト名は「TAKUI」というらしい。※

こんな時間帯の知らないアーティストの特集、ファン以外の人に需要あるのか?と大人になった今はつい考えてしまいそうになる。でもそうだ、中学生の僕はインタビューとMVが流れるだけのあの番組に釘付けになって、途中からビデオに録画して何度も何度もMVを見たんだ。

中学生なんてお金もなくてライブはもちろんCDも買えない。有名じゃなかったからTSUTAYAにレンタルCDも置いていなかった。あのたった20分の間にテレビを付けなかったら、違うチャンネルに合わせていたら、僕はこの先何年も何十年も好きでありつづける音楽を一生知ることなく過ごしていたかもしれない。エレキギターを弾くこともなかったかもしれない。


※現在は中島卓偉名義で活動中

◆それでもずっと好きだった。

こんなにいいミュージシャンなのにクラスの誰も知らない。こんなに面白いアニメなのに友達は誰も見ていない。そんなアーティストや作品があなたの心や記憶にもあるだろうか。

冒頭でそう書いたが、僕にとってのそのひとりがTAKUIだ。

こういうのは他のクラスにはひとりぐらい知っている人がいたりするものだと思うのだけど、TAKUIに関しては僕の知る限り本当に知っている人がいなかった。

それでも貯めた小遣いで何とか手に入れた「CHUNCKY GOD POP」というミニアルバムを、家でひとりCDコンポを爆音で鳴らして大声で一緒に歌った。

高校に入っても、専門学校にも、いろんなバイト先にも、TAKUIを知っている人はいなかった。カラオケに行った時に歌ってみてもやっぱりみんな知らなかった。

ずっと僕しか知らなかった。それでもずっと好きだった。


◆今に胸を張れているなら

今日、中島卓偉のライブがあった。今回はセットリストのテーマが各公演で分かれていたのだけど、その中に「TAKUI SONGS ONLY LIVE」があった。会場は大阪のBIG CAT。

看板って撮りたくなりますよね

誰も知らなかった。と何度も書いてしまったけれどBIG CATというライブハウスは大阪のライブシーンで活動するミュージシャンにとって憧れの会場のひとつなのだ。キャパはスタンディングで800人。今回はイスありだったのだけど後ろまでぎっちり満員だった。

実は何ヶ月か前にインストアライブも見に行った。その時はかなり空席が目立つ状態だった。今回もギリギリまでチケットが売れていなかったみたいで、気丈に振る舞おうとはしていたけどふとした発言や表情に苦味が見えたりしていて、見ていて辛くなる場面もあった。

でも今日は満員。嬉しそうだった。楽しそうだった。それを見て僕も嬉しかった。ずっとDVDで見ていたあの笑顔が飛び出た。僕の好きだったTAKUIは中島卓偉の中にちゃんと生きているんだと思わせてくれた。

今に胸を張れているなら、過去に浸る時間にも正々堂々としていられるのかもな。


◆同じ歌を好きな人がいる

コロナ禍でライブハウスは冬の時代に入った。でもちょっとずつ雪解けが来て春が来て、今日はまるで真夏のようなライブだった。声出しが解禁されたのだ。

中島卓偉のライブはとにかく一緒に歌って振り付けもある「みんなで作るライブ」だ。今回それがまたやれるようになって会場のボルテージもぶち上がりだった。

曲と曲の間に「卓偉~!!」と名前を呼んだり、拳を上げてオイオイと叫んだり、もう戻ってこないかもと思っていたあのライブが本当に帰ってきたんだと実感した。

「歌おうぜ!」のあおりが前方から飛んでくる、すると後ろからも大声で歌声が飛んできた。

あ……。

中学生のころから「この曲いいよね!」と話せる人がいなかった。歌える人なんてもちろんいなかった。でも後ろから誰も知らなかったあの歌を、喉が枯れるぐらい大声で、笑顔で、歌っている人がいる。ここにはこんなにたくさんTAKUIを好きな人がいるんだ。涙が出てきた。大好きなアーティストを生で見れたことも嬉しかったけれど、同じぐらい「同じ歌を好きな人がいる」と感じられたことが本当に本当に嬉しかった。


◆Vocaloidは好きですか?

僕は今Vocaloidで曲を作っている。ボカロのことをほとんど知らないままこの世界に飛び込んできたけれど、活動を初めて半年ほど経って、僕があのころTAKUIを大好きだったようにボカロが大好きな人がたくさんいることを知った。

ここ数年でボカロはかなりお茶の間にも浸透してきたように思う。それでもクラスや職場で「ボカロが好き!」と話せる人はそんなに多くはないんじゃないだろうか。

今はSNSも動画サイトもあるし、ボカロを好きな人自体は世界中にたくさんいる。誰かとボカロについて話せる機会は探せばたくさんあるだろう。

それでも、リアルの世界に、身近な友達に、たまたまそれを好きな人がいるということは、何にも替えられないぬくもりの灯を心にともしてくれるはずだ。

僕も少しずつボカロが好きになってきた。ボカロ仲間もたくさんできた。でも身近でボカロが好きな人は今のところ見つかっていない。見つかったらうれしいだろうなあ。


◆好きだと思ったら好きだと言ってしまえばいい。

僕らは人と話をするとき、自分と相手の間にあるものを共有することで楽しかったり嬉しかったり、逆に寂しくなったり悲しんだりしている。

その間にあるものが「好きなもの」であれば素敵だなと思う。嫌なことよりも多ければいいなと思う。

自分の周りに好きな人がいない。流行っていない。今どきじゃない。それでも好きだと思ったら好きだと言ってしまえばいい。好きだと言い続けていれば、それに触れられる場所に行けばいつか同じものが好きな人に出会える瞬間が来る。

その喜びは一生物だと思う。この先何年経っても、この先それが好きな人に出会わなくても、ずっと気持ちを支えてくれる宝物になると思う。

今日は中島卓偉を、TAKUIを見ることができて、後ろから飛んでくるでっかい歌声を聴けて帰り道でも涙が出そうになるぐらいあたたかい元気がわいてきた。

これからも中島卓偉を好きでいようと思う。これからもっとボカロを好きになっていこうと思う。

最後の夜をありがとう。

ちなみに灰羽連盟ってアニメ知ってる人いますか?このアニメも知っている人に一度も会ったことがない…!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?