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世界の中心で、無いを叫ぶ~There is no "there" there~

空を見上げる余裕がないほど、すぐそこの太陽から強いエネルギーを感じた。
北緯36度から飛行機で7時間、突然の3度の世界へ私は降り立った。
雪国で一冬を過ごし、陰に満ちていた心が軽くなる。

I really had nowhere to go in this world anymore.
I can't hold too beautiful spring in Japan anymore.
Then, I came here for nothing.

注意を向けた方向に、エネルギーは流れる。
あれが足りない、これが足りない、と不足を嘆く環境に置かれると人間、やはり影響されてしまう。
影響されている間は、生み出すことにエネルギーを注ぐことができなくなり、さらなる不足を呼ぶ事態となる。
無いことに注目している間は、実はその隣に探しているものがあっても決して目に入ってこないのである。

セランゴール州にはあるけどあるけど(walking)販売機は無かった。
記録的猛暑、なんていう言葉は毎年聞くが今年も例に漏れず東南アジアは記録的な暑さであったようで34~35度の日々が続いた。
そこにあるのは500mlのペットボトルの水を一度の散歩で、爆速で飲み干す私だけ。気がつけば、水はもうない。

「まだコップに水が"半分も"入っている」なんて、馬鹿なこと言っている場合じゃないよ。「足りない」んだってば。
1度の散歩に水500mlでは足りないと言うことを初めて知る。

販売機が無い代わりにそこには屋台があった。

某カフェのトールサイズより少し大きいカップでRM5.5(165円程)

じゃ〜ん!ドリアンフラペチーノ♡
『暑いと不平を言うよりも、すすってジュースを飲みましょう』
もし日本みたいに600円くらいしちゃうなら我慢したけど、165円だから飛びついて買った。(結局価格の問題…?)
汗をたくさん流した後、乾涸びた状態で甘いものは体に毒だ…と思いながらも飛び付いた。黄昏時効果(夕刻になると人の脳が疲労し判断力が鈍る現象を利用して対人での取引などを優位に運ぶ…)を一人の人間の中で利用してしまったのだろうか。しかし、時刻は17時台、照りつける太陽。
露出している腕の細胞が焦げる音が幻聴で聞こえる。黄昏には程遠い。

このジュース専門屋台が家の近所に無くて本当によかった。
もしあったら今頃私はドリアン&砂糖中毒。
無いことの有り難みをほんの少し感じた経験だった。



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