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阿佐田哲也著『麻雀放浪記』名言集〜男と女篇〜


「それにねーー」と彼女はいった。「あんたは子供だから、好きだの嫌いだのいってるけど、大人はそうはいわないわ」
「大人は、なんていってるんだ」
「さァねーー、でも、きっと、もっと他のことで生きてるのよ」
「勘ちがいするなよ。ドサ健から何をきいたかしらねえが、俺はお前を優しくは扱わねえぜ。ーー俺のやりかたは、此奴か、さもなきゃ、これだ」
達ははじめに拳固を見せ、それから拳固の中に親指を入れた形をして見せた。
「どんな男が、女にとって便利か、そいつを考えねえから、あんな奴にひっかかるんだ。撲るか、可愛がるかするだけのくだらねえ男と、ちっぽけな所帯でも持てばいいんだ。俺は女って奴が大嫌いさ。便利に暮そうと、まず思っていやがるからだ」
ママに会いたい気分がますます強まっていた。
ママに博打場で会って、つまりーー、私は打ち人間らしいことを考えた。足腰立たないほど打ち負かしてやるんだ、私がどんなふうに育ったか、いやでも悟らせてやる。

「いや、手前なんざどうなってもいいんだ。だがあン畜生はーー」と健はまゆみの方に顎をしゃくっていった。
「俺のために生きなくちゃならねえんだ。何故って、この世でたった一人の、俺の女だからさ。俺ァ手前っちには、死んだって甘ったれやしねえが、あいつだけにはちがうんだ。あいつと、死んだお袋と、この二人には迷惑をかけたってかまわねえのさ。わかるかい」

以上、『(一)青春篇』より

俺の欲しいのは、といいかけてやめた。
俺は此奴と、ただ寝たがってるんじゃない。身体を恵んで貰って喜んでるような坊やではもうないんだ。俺の欲しいのはこの女をとりしきる力だ。この女が俺のために流す涙だ。
「あたい、あんたを口説いてるんじゃないのよ。一緒に暮らしてくれなんていいやしないわ。お互い、ヤミテンよ。あんたはちょっと、ヤミテンに振り込むだけ。そうすれば風が変るわ」
「ーーなるほど」私は又呟いた。「俺はヤミテンに振りこんだのかもしれないな」
「そうして、風が変わったんでしょ。そうならそうと、はっきりいって」
「いや、俺はヤミテンは嫌いさ。リーチをかける。大きい手が好きだからな」
彼女はやっと、感情のこもった声音になってこういった。
「大丈夫なの、そんなこといって。リーチしたらもう手は変えられないのよ」

以上、『(二)風雲篇』より


「あらそう、お金持ちはあたしも嫌いよ」
「しかし金持ちがいるせいで君たちは喰っていけるンだろう」
「ええ。女からいわせれば、男の人は誰も彼もお金持ちであって欲しいわ。でもお金持ちと一緒に暮らすのは嫌い。ぞっとする。一緒に暮らすのはお金のない人でなきゃ」
(ーーこの女、どこまでついてくる気なンだろう)
しかし、なンとなく笑いがこみあげてくる。帰る帰るといいながら、さよならがいえない。とことんまできてしまう。自分で自分に腹をたてながら。そういう奴が稀れに居る。一人になりたくないばっかりにだ。この女も、そうなのだろうか。
「勘ちがいしないでね。べつに自分を売りに来たわけじゃないわ。ただ今朝のあンたは魅力的」
「多分、負けて泣きが入ってるからだろ」
「ほんとね。負けるって、ひどく人間的なことだと思うわ。俺っちゃいつも負けてるからよくわかる」
「呑んできたのねーー」と晴美は私の身体に手を廻しながらいった。「呑まなきゃ、ここへ来れなかったの。臆病な人」
「あたしは女房じゃないんだから、あの人にそんなお金を出させることはできないわ。それに、あたしは、おねだりが下手なの」
おねだりが下手だから、盗むってわけか。こいつァ面白い。俺と似ているなーー。
明日から、気合いを入れて、稼いでやろうーー、そんなふうに考えを変えた。うまくいきさえすれば、この渡世はどんな稼ぎだってできる可能性がある。うまくいったときのことを空想することは自由である。
そんなふうに思わなければ、好きな女と一緒に居ることですら、いらだたしくなるのである。それは、勝負という方向にだけ全力を投入していた生き方が長すぎたせいかもしれなかった。

以上、『(三)激闘篇』より


私にとって、愛というものは、あの晩のようなぎりぎり決着のところで突如湧いてくる、日常化しない感情だったのである。

以上、『(四)番外篇』より


「やめて、どうするの。どうやって男を見つけるの。ばくちで勝っちゃってる女が、ばくちを捨てるくらいの男を見つけられると思うの」

『新麻雀放浪記 申年生まれのフレンズ』より


こんな奴が欲しかったのだ。鬼の子みたいに慄えながら、私だけを当てにして生きているような人間が。

『ギャンブル党狼派』収録「シュウシャインの周坊」より

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