Happy Silence 言わない訓練 #1

そろそろみんな口をつぐんでもいい時期が来たと思う。
私もかなりのおしゃべりだったが、最近はとても寡黙に過ごしている。
数年前に、拙著『29歳からはじめるロックンロール般若心経』ほかいくつかの書籍を上梓した。
その後、ふと思うところがあり、執筆活動をやめた。
いまはギターをぽろろんとつま弾きつつ、地味に暮らしている。

自分はおしゃべりが過ぎたと反省した。
みんなに自分の考えを知って欲しかった。
みんなに自分のことをわかってほしかった。
もっと正直に言えば、認められたかった。

書いてきたことはみんな正直なことだ。
若くて拙かったが、いまでも間違ったことは言っていないと思っている。
でもいささか語りすぎた。

ウィトゲンシュタインは言う。
「語りえぬものは沈黙するほかない」と。

そんなに高尚な理念を持っていないが、それでも自分は語ることのできないものを語ろうとあがいていたことに気づいた。

それはやがて苦しみとなった。
あがけばあがくほど、世間に嘲笑され、自己嫌悪に陥った。

神秘は隠れているから神秘である。
露呈しているなら、それはFactに過ぎない。

そうして私はだんだん世間と離れていった。
友人もほとんどいなくなり、都心にでかけることもめったになくなった。
いまは東京の西の果てで、静かに暮らしている。
そしてその暮らしを気に入っている。

どうして私がそんな心の平安めいたものを得られたのか。
それはひとえに、情報、人、カネを減らしてきたからだ。
極端な性格だから、それはかなりドラスティックに進行した。
数年間、会っていない人に出会ったら、「あいつは終わった」と見切りをつけられるだろう。

上等だ。ウエルカムであるなんていうと、好戦的に聞こえるが、
もはや誰かとバトルする気もみじんもない。

表題の「Happy Silence」とはいまの心境を表したものだ。
静かに暮らすには少々の訓練がいる。
でもその習慣さえ身につければ、人生はがぜん、軽く豊かになる。
拙著やブログの中で、「人間手ぶらで、バカがいい」と何度も連呼したが、ようやくそれが地に足を付けて進み出した状態だ。
仏教では「手放す」ことが大切だと言われる。
「放す」というと非常に自力的だが、「離れる」の方が自然かもしれない。
いろんなものから、すうっと離れる、フェードアウトする。
もちろん言葉や概念からも。
そのための課題や技法など、自分のために記録する。
もちろん、みなさんにとって何かのヒントとなればさらにうれしい。



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二階堂武尊

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