生産環境としての棚田の利点

山間の急傾斜地に開かれた棚田の生産環境は、平坦地の水田地帯と比べると様々な面で不利である。しかし、利点もないわけではない。

一般によく言われる棚田の利点は、平地に比べてじっくり登熟することである。これは棚田の気温が平地に比べて低く、また気温の日較差が大きいことによる。気温の日較差とは、昼間と夜間の温度差のことで、最高気温と最低気温の差から求められる。地域によって異なるが、最高気温は昼の正午過ぎに記録されることが多い。日出から太陽高度が上がるにつれて日射エネルギーも強くなる。その日射エネルギーの多くを地表面は吸収し続け、温まった地表面から空気にその熱が伝えられる。空気の温度、つまり気温は受け取った熱量によって変化するので、地表面のエネルギー量に比例する。正午を過ぎて太陽高度の低下につれて地表面が受け取る日射エネルギーも弱くなっていくため、気温も徐々に下がっていく。日没後は、昼間に貯めた熱を空気に伝え、エネルギーを放出し続けるだけなので、地表面のエネルギーは急速に減少する。エネルギーの減少は翌朝の日出直前まで続けくため、気温もこの時間がもっとも低くなり、最低気温を記録する。なおこれは、
よく晴れた穏やかな一日の気温の変化で、天候によって変化の様子が異なるのは当然のことである。この最高気温と最低気温の一日の差が比較的大きいのが棚田の特徴の一つとされている。

標高の高い山地は、平地よりも太陽に近くなるので、受けとる日射エネルギーも少し多い。
日射エネルギーは地表面で一部反射されるので、斜めから入りこむほどその反射量が大きくなる。だから、もし斜面が太陽の方角、だいたいは南を向いていれば、反射量が少なくなって、より多くのエネルギーを受けとる。そのため気温も高くなりやすいが、温められた空気は軽くなって上空へ上昇していくので、最高気温はそれほど上昇しない。一方、日が傾いてくると山は空に近く空間も開放的なので、より多くのエネルギー地面から上空へ放射されるため急激に気温低下する。それによって最低気温が平地よりも低くなりやすく、日較差も大きくなりやすい。

稲の登熟は、昼間に光合成によって葉に蓄えた同化産物を夜間に米に転流することを繰り返す。昼間に十分な日光を浴びてたくさん光合成をし、涼しくなった夜間にそれを余すことなく米に蓄えていくことができれば美味しいお米が出来あがる。棚田は気候環境面でこういった作用により適した耕作地と考えられている。

しかし、この作用を十分に裏づけた研究報告は実はまだない。もちろん棚田と平地の米品質を比較した調査報告は多くあるが、科学的に十分な根拠を持って裏づけたものはほぼない。米の品質には実に多くの要因作用する。棚田は気温環境で有利だと考えられるがその他の条件で不利だと考えられている。棚田の気温環境だけを評価するためには、平地の農地と比較できるよう他の環境条件を整えた状態で栽培し、米の品質を検査して比較する必要がある。だが、現実的にはそれがほぼ不可能だからだ。

農地としての生産環境の面だけでは、棚田の価値は計れない。最近、棚田のもつ様々な作用を評価しようとする動きもあるので、そちらにぜひ期待したい。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?