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生産環境としての棚田

棚田は傾斜地に広がる水田群である。一つ一つは水田であり、お米を生産するために水を張って稲を栽培するための農地である。農地としての棚田は、平坦地にある水田に比べ不利な生産環境である。その根拠は以下の7つとされている。

一、急傾斜地に立地していること。急傾斜地の水田群を棚田と言うのであるから、不利な生産環境の一番目にこれをあげるのも釈然としない気がする。水は必ず高いところから低いところへ移動するため、これを利用するためには平坦地の水田でもよくみると少しずつ傾斜している。ただ、棚田はその傾斜が急なため、水田間を移動するのも大変で、これが積み重なって作業効率を悪くさせる要因となっている。また移動するだけでも身体への負担は大きい。くわえて、急傾斜地の多くは地すべり地帯でもあるため、土石流の被害に遭いやすいなど、農地の長期運用の面でも不利である。

二、小区画水田が多いこと。農地に水を張って水田とするためには、土地を水平にする必要がある。しかし、傾斜地には基本的に水平な土地はない。だから、斜面を切って(切り土)、それを反対側の斜面に盛って(盛り土)して土地を水平にする必要がある。そうやって水平な場所をつくっていくが、広くするためには斜面を切る量を増やし、盛る土の量を増やす必要があるが、それにも限界がある。そのためどうしても一つ一つの水田区画は小さくなる。さらに水田の上段と下段の高低差を大きくすればするほど畦畔・法面が大きくなる。そのため、潰れ地が増えて、これがさらに耕作面積を小さくする要因となる。小さな区画には一度に多くの稲を植えられず、これが作業効率を悪くさせる要因になる。

三、農作業時間が長いこと。先の二つの要因の中でも説明したように、棚田の農作業時間は平坦地の水田より長くなる。急傾斜なので農業資材の搬入や運搬も大変で、小区画ならば運搬回数が増えるなど、労力が大きくなる。移動するときは、転落を避けるために慎重にならざるを得ず、わずかではあるがこれも作業時間を長くさせる要因となる。小区画では大型乗用タイプの農業機械の利用は難しく小型の農業機械の利用に限られる。小型農業機械は小回りが効くメリットがあるものの、大型農業機械に比べて作業効率が悪く、時間を要するというデメリットも大きい。急傾斜地ほど畦畔や法面が大きくなるのでそれだけ草刈りも大変で、維持管理を疎かにすると豪雨時に崩れるリスクが高くなり、より多くの時間を必要とする。とにかく、平坦地に比べてさまざまなことにちょっとずつ多くの労力と時間を必要とするのである。

四、農道が整備されていないこと。棚田のある急傾斜地に居を構える農家は少ない。近くの集落に住み棚田まで通う農家が多いけれども、平野に比べるとその距離は遠い傾向にある。棚田まではアスファルトの道路が整備されていても、それぞれの水田まで道路が隣接していることは少ない。そのため、農業資材の運搬や農業機械の搬入などで苦労することもある。日々の移動だけでも平坦地よりも多く時間がかかってしまう。

五、用排水の制約が多いこと。明治時代までに開田された棚田の多くは、谷筋の水や湧水をできるだけ多くの水田に配れるように水利用を工夫している。ほとんどが上段の水田で使った水をそのまま水路に流さずに、下段の水田へ直接送って水を再利用する田越し灌漑と呼ばれる方式となっている。そのため欲しいタイミングで水を得ることが出来ず、上段の水田の水利用に制限され、排水もまた下段の水田に配慮する必要があり、制約が多い。近代以降に整備された棚田ではこれを解消したものも見られるが、十分な水量が確保されていることは少なく、いずれにしても地域で協力しながら灌漑されていることが多い。

六、強湿田~湿田状態にあること。古い時代に開かれた棚田ほど谷部にあるため、一般に水はけの悪い粘土質な土壌であることが多い。また水量が十分でない棚田では、通常稲の成育中に行われる中干しをせず、常に水を貯えた湿田状態にしていることもある。そのため土壌中の酸素が不足して、米の品質が悪くなったり、病害虫の発生を招く要因になっていることもある。

七、日照・通風が不十分であること。傾斜した谷部に開かれた棚田であれば、周囲を尾根などで囲われ、日射量が十分でないことが多い。加えて風の通り道が限られるため風通しも十分ではない。これら日射や風の条件は棚田の中でも複雑に変化して、均一な気象条件となっていないことが多く、これが棚田地域の米の収量や品質の安定を妨げる要因となることもある。

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