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Aslan【U2になりそこねたバンド】

2013年6月、癌で闘病中のAslanのフロントマン、クリスティ・ディグナン(写真中央)の治療費を捻出するため、U2がこのAslanのデビュー曲をカバーしました。事情を知らない人の中にはU2の新曲と勘違いした人もいたようですが、それほどまでにこのバンドはU2に似ており、The Scriptのグレン・スクリプトもAslanの「Crazy World」を好きな曲に挙げ、「このバンドはU2にテイストがよく似てる」と述べています。Aslanが"U2になり損ねたバンド"といわれている所以です。

クリスティはボノと同じ1960年ダブリン生まれですが、同じダブリンでもフィングラス/バリマンというもっとも労働者階級色の強い(言い換えればガラの悪い)地区の出身で、幼い頃から音楽学校に通い音楽の教育を受けていたのですが、少年時代に2度レイプ被害に遭い、それがトラウマとなって、後年のドラッグ常習に繋がりました。1982年~1983年頃、クリスティは他のメンバーと一緒にAslanを結成します。バンド名の由来はC・J・ルイスの「ナルニア国物語」に出てくるライオンの名前で、トルコ語でライオンの意味です。バンドはすぐに評判となり、レコード会社同士で争奪戦となります。その中にはU2が主催するマザーレコードもあったのですが、「This Is」のデモを聴いたボノの答えはノーで、結局、バンドはEMIと契約しました。

1988年1st「Feel No Shame」
IRE1位 IREゴールド
アマゾンUKのレビューに「アイルランドのポピュラー音楽史上、最も素晴らしいデビューアルバム。U2の『Boy』を凌ぐ」とも評されているこのアルバムは、IREチャートで1位を記録し、ゴールドディスクに輝きました(IREアルバムチャートでは7000枚でゴールド、15000枚でプラチナ)。

バンドはすぐさま2ndアルバムの制作に取り掛かりますが、この段になって、ヘロイン中毒に陥っていたクリスティと他のメンバーの関係が悪化、ついに他のメンバーはクリスティをクビにして、新しいヴォーカルを入れて活動を継続しようとしますが、結局、アイルランド音楽史上に残る名ゼリフを残して、1988年9月に解散しました。その名ゼリフとは――。

クリスティのいないAslanはボノのいないU2のようなものだ。

バンド解散後、クリスティはソロ活動やDignam & Goff というデュオで活動していましたが、レコード契約には至らず。

Aslanの他のメンバーはPrecious Stones というバンドを結成し、シングルを3枚リリースしましたが、こちらも鳴かず飛ばずでした。

1994年2nd「Goodbye Charlie Moonhead」
IRE1位 IREゴールド
ということでにっちもさっちも行かなくなったクリスティたちはAslanを再結成し、BMGの契約を交わし、6年ぶりにアルバムをリリース。これも大ヒットしました。

IRE4位
チャートに3ヶ月留まるロングセラーとなり、ホットプレス誌のSingle of The Yearにも選ばれました。

The Scriptとの共演ヴァージョン。

アスランはU2にとても近いアイルランドのバンドで、僕はこの曲の歌詞が好きなんだ。
(グレン・パワー/The Script)

その後、バンドは順調に活動を続け、1998年の初のベスト盤「Shame About Lucy Moonhead - The Best of Aslan」がダブルプラチナ、1999年のライヴアルバム&DVD「Made in Dublin」がプラチナ、2005年のベスト盤+B面曲+レア曲集の「The Platinum Collection」がトリプルプラチナに輝くなどアイルランドでの人気を確固たるものにし、オーストラリアとオランダでもライブを実現しました。

またAslanはカバーの名手としても知られ、2009年にはカバー曲集「Uncased」をリリース。他にもジョン・レノンの「Jealous Guy」「Working Class Hero」、The Rolling Stones「Angie」、The Velvet Undergroundの「Caroline Says」、U2の「New Year's Day」などをカバーしています。

歌詞もですねー、私がそういう年代だからそう聞こえるのかもしれませんけど、ミッドライフ・クライシスの歌なんですよ。「あなたは何も望むことはなかった。そして望んだ通りのものを得た。必死になって変えようとするのだが、どの肌も同じ手触りがする」とかね。そう考えると、ロックっていう音楽が表現できる奥行きも深くなったと思う。

世界の人にとってはダブリンのバンドと言えばたぶん U2でしょうけど、ダブリンの人にとっては U2 はダブリンのバンドというより世界のバンドになってしまったのではないか。

2013年、クリスティが癌に冒されていることが判明、バンドは活動を休止し、クリスティは闘病生活に入ります。そして同年6月28日、A Night for ChristyというチャリティライヴがダブリンのOlympia Theatreで開かれました。司会は元VPのグッギ。ポール・ブレディ、メアリー・ブラック、シェイン・マガウヴァン、ギャヴィン・フライデー、マーク・フィリー(Westlife)などの豪華メンバーが顔を揃え、クリスティ本人も登場して「Crazy World」を熱唱しました。U2の「This Is」のカバーもこの時披露されたものです。その甲斐あってか、翌年、クリスティは癌との戦いに打ち勝ち、全快宣言をしました。

2023年、クリスティはこの世を去りました。享年63歳。


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