万年筆

名作を生み出すエネルギー(小説編集者の「先生には言えない話」④)

好きな仕事の1つにサイン会がある。
読者の方の顔を見ることができるから。
「ありがとうございました」とお礼を伝えることもできる。

先生も楽しみにしている。
感想は手紙やネットで目にすることはできるものの、
直接感想を聞けるのはレアだからだ。

編集者のサイン会での仕事は、あまり難しいものではない。
先生がサインしやすいように本を開いたり、
落款(ハンコ)を押したり、写真撮影をしたりする。
手は動かしつつ、先生と読者のお話を、ニコニコと聞いている感じだ。

熱心な読者の方だから、やっぱりうれしい感想を伝えてくださる方が多い。

しかし、密かに困る感想というのがある。

「大ファンで、先生の作品は全部読んでいます! 図書館で」

これである。

これを言われると困る、という先生もいる。
図書館で読んで頂いても、先生にも(出版社にも)1円も入らないからだ。
もちろん図書館は、国民に認められた権利であるし、
読者の方が悪いわけではない。

だから読者の方は悪気なく、むしろ先生が喜ぶと思って、
図書館で全部読んでいるとおっしゃるのだ。

悪いのは先生にお金の流れを作れない出版社である。
ドイツやカナダなどでは公共貸与権という権利が認められており、
本の貸出数に応じて先生にお金が入る仕組みが確立されている。
この感想を聞くたび出版社の至らなさを痛感する。

それはさておき、サイン会にはいろいろな読者がいらっしゃる。
握手で力比べをしてくる若者。
手づくりのお菓子を持ってきてくださるおばあさん。
登場人物の名前を息子につけて、その息子を連れてきてくださるお父さん。
先生を前に泣き出す女性
明日受験だから「頑張ってください」と書いてほしいという高校生。

その熱量は、作家の筆に宿って、
新たな名作を生み出すエネルギーとなる。

編集者もそのおこぼれをあずかって、明日から仕事を頑張ろうと思う。
サイン会終わり、先生へのプレゼントや花束を抱えながら、
編集者はそう思っている。

(第4回おわり)

※第5回更新は6月1日です。
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