平らく成った?

平成から令和に変わる。

元号が変わることでいろいろ大変なことがあるので今後はもはや西暦でいけばいいじゃんと思うところではあるが,一つの時代を振り返ってみるにはいい機会かなと思っている。

少し長めスパンで振り返ってみると,日本は戦後復興期から高度経済成長の中でとにかくモノを作れば売れる時代に突入する。三種の神器(洗濯機・冷蔵庫・掃除機)という言葉に代表されるように,モノを所有することが一つのステータスとされ,それが豊かさの象徴でもあった。それだけモノが必要とされたので大量に作らなければいけない。モノを大量に生産するためには工場が必要で,当然そこには”人”も必要になる。その当時工場で求められる能力は規律や従順さであった。生産ラインに入って仕事をするのに,”おれはこのやり方でやるのだ”などと個性を発揮して一人だけ違うやり方でやれば,生産性は逆に下がってしまう。工場でのマニュアルや規律にしたがって黙々と仕事をする人が必要だった。


教育も当然それに合わせて,校則や型にはめることを強調し,


”みんなと同じことがよいこと”


という風潮を生み出していった。


世の中には,


みんなと同じものを持たなければいけない,


みんなと同じように行動しなければいけない,


みんなと同じように考えなければいけない,


という考え方が浸透していった。



そんな背景の中で始まったのが”平成”だ。平成のスタート時期はおよそバブル絶頂からバブルの崩壊と重なった。その後,平成不況に突入していくのだが,考えてみれば当然だったのかもしれない。理由は簡単でみんなが同じ考えだと成長しないからだ。それからの”平成”はその元号とは裏腹に,格差社会を生み出すことになる。その重い空気を吹き飛ばすかのように登場したのがインターネットである。IT技術の発展は既存の価値観やビジネスモデルを破壊し,新しい価値を提供してきた。その発展とともに,


時代は ”同じことが価値” から ”違うことが価値” 


へとシフトしつつある。

そのような移り変わりの中で元号が ”令和” に変わる。

まさに図ったかのようなタイミングであると思う。どこか閉塞的であった平成から変化の激しい時代に突入するのだ。個人的にはこれからの変化にとてつもなくワクワクしている。


人に押し付けられた価値観で息苦しい思いをすることなく,自分の価値観で好きなひとと好きな時間を共有することができる。


価値観が多様化していく中で,今まで当たり前とされてきたものもひと昔前のものになり,人生における選択肢が益々増えていく時代になるのだ。


さて,今日は平成最後の一日。


特別何かをするわけではないが,決して平らではなかった”平成”に感謝し,変化の激しい”令和”を歓迎しようと思う。


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たけーし☆

教員・ライター・ブロガー。 働き方や教育,お金,健康など生活や習慣をアップグレードする方法を発信しています。 相談や連絡はこちらにお願いします⇒1210takeshi@gmail.com
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