見出し画像

ヒラリー産駒の究極系ヒルシェイドによる挑戦と成功 ~サンデーサイレンスの母を生産した男 ジョージ・A・ポープ・ジュニアとは・10

1961年にヒルライズを生産し、1964年に「(2代後に)世紀の大種牡馬サンデーサイレンス」を生み出すマウンテンフラワーを生産したジョージ・A・ポープ・ジュニアはそれから何をしたのだろうか?

今回は1965年に生産したヒルシェイド Hill Shadeを紹介する。
ヒルシェイドは、(ジョージ・A・ポープ・ジュニアが愛用した)種牡馬ヒラリーの「究極系」ともいうべき配合を持つ牝馬だ。

栄冠の後

ジョージ・A・ポープ・ジュニアは、自身に栄冠をもたらしたデサイデッドリー、ヒルライズを自家用種牡馬にして細々と馬主としてのキャリアを終えたのではない。
愛馬をケンタッキー州の名門、クレイボーンファームへ送り出した。

これは1969年の種牡馬広告で確認できる。

愛馬を手放して、この時代ジョージ・A・ポープ・ジュニアは何をしていたのか?

なんとヒルライズを皮切りに、ほぼ2年に1回のペースで「これぞ」というヒラリー産駒をイギリスに送り続け、本場欧州に勝負を挑んでいた。

1961年生 ヒルライズ Hill Rise 牡 (母RED CURTAIN
 クイーンエリザベス2世S(英重賞 *現G1)他

1963年生 ヒルクラウン Hill Clown 牡 (母MARY MACHREE

1965年生 ヒルシェイド Hill Shade 牝♀ (母PENUMBRA
 ナッソーS(英重賞 *現G1)、サンチャリオットS(英重賞 *現G1)他

1966年生 ヒルラン Hill Run 牡 (母RED CURTAIN
 ジャンプラ賞(仏G2 *現G1)、ハイペリオンS(英重賞 *現G3)

1968年生 ヒルサーカス Hill Circus 牝♀ (母MARY MACHREE
 サンチャリオットS(英G2 *現G1)、プリンセスロイヤルS(英重賞 *現G3) イギリス最優秀3歳牝馬

このように、送り込んだヒラリー産駒の5頭中4頭が何らかの重賞を勝っている。
サンチャリオットSの歴代勝ち馬にヒルシェイド、ヒルサーカス、馬主ジョージ・A・ポープ・ジュニアの名前が記されているから確認されるといい。(1968年と1971年)

当時のアメリカは1.5流の競馬国だ。欧州では使えない種牡馬を売りつけられたり、十把一絡げで買ってきた欧州馬でも米三冠レース勝ち馬が出ていた。

その力関係の中で、辺境のカリフォルニア州生産馬が、英国重賞を何度も平然と勝っていった。これはとんでもない快挙だ。それもただ一人のオーナーブリーダーによってである。

先に示したように、ヒルライズはケンタッキーで種牡馬となり、その全弟ヒルランはアイルランドで種牡馬となった。

牝馬で高い競走成績を残したのはヒルサーカス、次いでヒルシェイドという事になる。前者は残念ながら繁殖として成功しなかったが、後者は繁殖として成功する。
ヒルシェイドはその結果に納得がいくほどの配合だから紹介する。

ヒルシェイドの配合

いわゆる一般的な見方をすると、ヒルシェイドは「貧相な配合なのに走った馬」とされがちだ。

  • 父は大レース勝ちの無いヒラリー

  • 母の父も同じく大レース勝ちのない短距離種牡馬インペリウム

  • 祖母の父は英国の1勝馬ムーンライトラン

インペリウムが名牝インペラトリス(テストS-G1、孫にセクレタリアトを輩出)の息子である事に注目する人がいるかもしれないが、ほとんどの場合、何の魅力もない配合と言われるだろう。

これが血統表を少し大きく取ると一変する。

血統表で示した矢印の流れだけでもなんとなく目で追ってもらえたらいい。
(元々ヒラリーが「仕掛け」を持った配合の種牡馬だから、ある程度は当然なのだが)エクレア Eclairの3×4、セレーネ Seleneの4×4の2つのインブリードに「連続性」がある。

  • エクレア Eclair♀ - Black Ray♀ -- Polymerus

  • セレーネ Selene♀ - Chaucer - St. Simon & Canterbury Pilgrim♀(父系)

  • セレーネ Selene♀ - Serenissima♀ - Gondolette♀(母系)

セレーネ(Hyperionの母)においては、完全に「全開」の形だ。

そしてエクレアもセレーネも、迷いなくカーレッド Khaledに集結していく形
父の父カーレッドのクロスは当然無いが、全体に行き渡るクロスの方向性を見れば、これ以上無いほどにカーレッドを強調している。
つまりヒルシェイドの配合は「集合性」もある。これがヒルシェイドの配合の明快さだ。

(スワップスを筆頭に)米三冠レースを席巻したカーレッドの血の「真価」を欧州の舞台で問う。ならばこれ以上の適役はない。
血統表を見る限り、私には「ヒラリー産駒の究極系」「何を付けても次代は走る所まで仕上がっている」という風に見えた。

そしてヒルシェイドは本当に繁殖として成功を収める。

ヒルシェイドが送り出す大物

「成功」とは何をイメージするだろうか?
G1レースを勝つ。…テレビゲームと違って、現実の競馬でこの域に到達するだけでも人生を賭けた大偉業だ。

だが、ジョージ・A・ポープ・ジュニアの「最大の成功」はこれをもう一段超えた。ヒルシェイドの産駒実績をご覧いただきたい。

  • 1970年生 ミステリアス Mysterious (GB)  牝 父Crepello
     8戦5勝、2着2回 英1000ギニー、英オークス、ヨークシャーオークス、愛オークス2着

  • 1971年生 セクレシー Secrecy (GB) 牝 父Royal Palace 不出走

  • 1972年生 サニエストデイ Sunniest Day (GB) 牡 父Royal Palace 76戦4勝

  • 1973年生 プロスペクトロード Prospect Road (USA) 牡 父Crepello 不出走
    --(米国メリーランド州に移動)--

  • 1974年生 JOトビン J. O. Tobin (USA) 牡 1974 父Never Bend 21戦12勝、2着2回
     英最優秀2歳牡馬(レイティング133ポンド)、1978年全米チャンピオンスプリンター
     スワップスS、コロラドH、カリフォルニアンH、マリブS、グランクリテリウム(仏G1)3着、ハリウッドGC4着、プリークネスS-5着

  • 1975年生 フェアリーダンス Fairy Dance (USA) 牝 父Northern Dancer 13戦6勝

  • 1976年生 ライトリー Lightly (USA) 牝 父Decidedly 2戦0勝

  • 1977年生 ウィッケドリー Wickedly (USA) 牝 父Decidedly 不出走

  • 1978年生 センシュアスリー Sensuously (USA) 牝 父Decidedly 10戦1勝
    --(ジョージ・A・ポープ・ジュニア死去)--

  • 1981年生 ティルユーTill You (USA) 牝 父Exclusive Native 13戦5勝 ホーソンH-G2・2着
    --(愛国バリードイルに転売)--

  • 1983年生 ボウモンド Beau Monde (IRE) 牡 父Alydar 13戦1勝

  • 1985年生 ヒルシャドウ Hill Shadow (IRE) 牡 父Lomond 不出走

  • 1987年生 サンスクリーン Sun Screen (IRE) 牝 父Caerleon 4戦0勝

一般的には何の血統的裏付けもないヒルシェイドから、イギリス二冠牝馬と全米チャンピオンスプリンターを輩出したのである。

馬産の辺境カリフォルニアから始めて、ついに欧州競馬の頂点に。
資金力に物を言わせて優秀な牡馬と牝馬をかき集めたわけでもなく、これだけの「配合のジャンプアップ」を馬主一代で達成した馬産家と言えば、フェデリコ・テシオE・P・テイラーくらいしか私は知らない。

ジョージ・A・ポープ・ジュニアの業績と配合をこれまで紹介してきた訳だが、ミステリアスとJOトビンの「成功」は、優秀な牝馬(ヒルシェイド)を偶然手に入れたからだったのだろうか?
それは読み手の皆さんがそれぞれ判断していただきたい。

次回は、JOトビンとウィッシングウェルに共通する配合の特徴について紹介する。


今回の連載は最後まで無料で書きます。サンデーサイレンスへの正当な評価を広めるためです。長い間誰も触らなかった話題ですので、慌てず騒がず、後々まで残る情報が書ければと考えています。 (最後まで読めたら「読んだぜ」のメッセージ代わりに♡を押して貰えれば十分でございます。)