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「人間離隔」(自伝小説)

-序文-

-思い返すと私はいつも独りだった。誰かといてもいつも外側にいるような疎外感があり、何より心が苦しくなった。一人でいるほうが気が楽だったので、多くの時間を一人で過ごしたが、心はどこか満たされないままであった。一人でいても誰かといても、私は独りの感覚になった。

初めこそ、このような孤独感を抱いてはいたが、時がたつと、そんなどうでもいい事にはもう慣れてしまっていた。

しかし私はひとりだった。

一人でいるのが好きなのか、それとも独りに愛されてしまっただけなのだろうか...。もちろん他人との関わりがないわけではない。どんなにひとりでいる人にも必ず誰かとの関わりがある。自分の人生を振り返ると、私の思い出には所謂’’いい人’’が多くいた。そんな人たちがこの世にいる限り、私は本当の意味で道を踏み外すことはないだろう。

そして、これはある一人の人間の物語である-

「第一章」

幼少期の記憶はあまりない。それでも覚えていることと言えばあの不穏な予感であろうか。私の家族は父と母と妹、そして私の4人だ。初めの頃は薄っすらとだが、家族内の関係というのは他と変わりないありふれたものであったと思う。家族での会話はあまり多いと言えないが、外食へ行ったり、遠くへ出かけたりと、そこには私が思う’’あたたかな家族’’というものがあった。

私が小学校の高学年になると、少しずつであるが両親の関係に亀裂のようなものが入っていった。ちょっとした口喧嘩や今まで多くはないが少なからずあった’’ささやかな家族との会話’’も少しづつなくなっていた。ある日のこと、少し大きめの言い合いが両親の間で起こった時、私はふと思った。

「(この人達はいつか別れるだろうな...)」

そして、このささやかな予感は数年後、現実のものとなるのだ...

=== === ===

私が中学に上がると、家族内の関係は本当に少しずつだが、冷めたものになっていった。ゆっくり、本当にゆっくりだったが、私にはもうこの変化は止められないものであると、時を重ねるごとに確信していった。ただ、今のところは大きな変化はなく、強いて言うなら元々少なかった家族の会話がさらに少なくなっていった。それだけのことである。そんなある日、私は身も凍るような奇怪な光景を目撃するのであった。

詳しい時期は覚えていないが、中学一年のある日、それは起こった。当時、私はバスケットボール部に所属していた。練習は学校終わりだけでなく、週に3回ほどだが朝にも行われていた。いわゆる’’朝練’’というやつだ。私は殆ど時間ギリギリか、遅刻してしまうかだったが、その日はやけに早く目が冷めた。自分でも驚いていたほどである。そしてゆっくりと身支度をしてから家を出た。不思議とその日はやけに霧がかった朝だった。まだ十分なほど時間があったため、私は少し回り道をして、学校に向かうことにした。そして、私はある公園を横切ろうとした。その公園は近所にあったので、よく遊んだりもしていたほど知っている所だった。大きくはないが、大型トラック3個分くらいのよくある普通の公園だ。ブランコ、砂場、いくつかのベンチ、そして中央付近には滑り台付きのアスレチックがあった。高さは4メートルほどで、子どもたちは滑り台を滑るためにこのアスレチックを登らなければならない。

この公園の端には人一人が通れるほどの細道があった。左側には6、7階建ての団地が連なり、右側にはその公園があって、公園内を一望出来るというわけだ。私はその細道を通っていった。ふと私が右側に目をやると、例のアスレチックにゆらゆらとうごめくものが目に入った。

それは首を吊った人だった。

その人は人知れずに自殺をしていたのだ。年齢は40代前後でスーツを着ており、宙に浮いた足元にはその人のカバンが置いてあった。僅か数メートル先、私とその首を吊った男は向かい合わせの状態でいた。顔はとても蒼白く、首はだらりと斜め前に傾き、力のないその体はぐったりとしていた。そして、その屍はロープのきしむ音とともにうごめいていた。私は背筋が凍るような感覚と恐怖に似た感情に襲われた。

「(人間の肌はこんなにも白くなるものなのか...)」

私は足を止めることなく、公園を横切るまで、’’それ’’に目を離すことが出来なかった。そして、近くにいた人に声をかけ、私は「あれ...」と指を指した。その人は「見てはいけないよ...」と恐怖に似た表情を募らせながら静かに言った。私は学校へ向かって走り出した。その数秒後、女の人の悲鳴が聞こえた...。

なんとも言えない沈んだ気持ちで朝練を終えると、私はすぐさまあの公園へと足を運んだ。そこには既に数台のパトカーと警官達、多くの人だかりがあった。あのアスレチックはブルーシートで覆われ、あたり一面はパトカーの赤い光がはびこっていた。私は再び走り出し学校へ戻った。

少し霧がかった公園、首を吊った死体、人間とは思えないあの肌の色、そして、身の毛もよだつようなあの感覚...。今になってもあの光景が忘れられない。私の脳裏に鮮明に焼き付いている。そしてこの出来事、いや、’’自殺’’という概念が知らず識らずの内に私の中へ、静かに入り込んでいくのだった...。

=== === ===

幼少期から青年期の始め、それこそ中学の半ばまで、私が一体どんな人間であったのかを包み隠さず告白する事にしよう。過去の私はとてもずる賢く、人間の皮を被った外道な悪魔だったに違いない。

私はいじめを行っていた。

あからさまな暴力は無いにしろ、私がそちら側の人種である事は間違いなかった。いや、それより何倍もたちの悪い事をしていた。いじめの現場を目撃し、それを楽しみ、あざ笑っていたのだ。人の不幸を貪る悪魔のように、その行いに快感を覚え、私は幸福感を味わっていた。そして時間が経つと私はいじめられた者のそばへ歩み寄り、偽善の笑顔を振りかざしながら、あたかも今まで何もなかったかのように振る舞っていたのだ。

「(あぁ、とても気持ちがいい...、楽しいな...)」

私はこんな不愉快で人の道を外れた行いを当たり前のようにしていた。今では過去の過ちを後悔し、日々気をつけて生きているつもりだ。しかし、どんなに改心したところで、私の中には今でもそんな薄汚い魂が宿っているのだろう...。

ただ、人間なんて脆いものである。その矛先が自分に向いた途端、惨めな気持ちに苛まれ、自分の世界は真っ黒に染まってしまう。私はいじめをされたわけではない。そんなことより何十倍も程度の低い事をやられただけで、私の心は簡単に打ちのめされてしまった。私はただただ低俗で哀れな人間だったのだ。

中学2になると、私の学校と近くにあった学校が合併することになった。クラスの皆は「合併、合併!」と叫んでいたのを覚えている。そして、2つの学校は合併した。始めこそ他校の生徒達とは波長が合わなかったものの、少しずつ交流が始まっていた。合併から3,4ヶ月経った頃であろうか、クラス替えが行われると同時に席替えも行われた。私は中央の一番前の席になり、その後ろには他校だった男女生徒が座ることになった。殆ど確信であったが、その男子というのは隣になった女子に対して、気があったようだった。(この数ヶ月の彼の行動などを見て、私が勝手に決めつけていただけかも知れない)

彼はよく私を笑いの種に使い、その子との距離を縮めようとしていた。その女子も一緒になって笑い、私の後ろでは楽しそうで愉快な笑い声が絶え間なく鳴り響いていた。私は冗談交じりな笑いを浮かべると同時にうろたえてしまった。

なぜなら、恐怖を感じたからだ。

その2人に対してではなく、なぜか人そのものに恐怖を感じてしまった。

私はその男子とは仲が悪かったわけではない。むしろいい方であった。しかし、人は欲望のためならこんなにも簡単に変貌してしまうかと思い、それからというもの人が怖くなってしまった。同じくて、自分が今まで他人にしてきた外道な行いを悔い改め、本当に少しずつだが人に対しての態度を改めていくようになった。しかし、この改心というのはどこか偽りのもののように思えた。言うなれば、人への恐怖心から、無意識のうちに自分を繕い、他人に対していわゆる’’善い行い’’をしていただけであった。悪魔のような偽善者はその心の本質を変えたが、偽善者であることは変わりなかったのである。

この些細な出来事により、私は人そのものに恐怖心を抱くようになり、周りの目を気にしながら学校生活を送ることになった。特に女性に対してはそれが謙虚に現れた。異性から逃げるような生活を始め、関わりが無くなっていった。あの時、笑われた経験が何よりも惨めであった。

そして、これより数年間、私はまともに女の子と話すことすらままならない状態になったのだ...

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