心理学者ミハイ・チクセントミハイの広範な定義によると、創造性とは、「文化に新しく加える価値のある、真に新しいものを存在たらしめること」だ。


新しい価値を創造するために必要なものって何だろう?

いきなり話が飛びますが、最近「平和」について話すことが多いです。僕、平和ってよくわからないんですよね。あなたにとって、平和って何ですか?

戦争のない世界?

うん。これは誰もが納得できる平和な世界ですよね(まあ、武器を作っている企業にとっては最悪の世界かもですが)。

では、

殴りあいのある世界は平和な世界?
口げんかは?
意見の違いは?

すべての人がまったく同じ価値観で生きていたら、そこには髪の毛一筋ほどの争いもない完ぺきに平和な世界でしょう。すべての人が同じことを考えているから、争うネタがありません。もしく、すべての人が本音を隠し、建前のみで生きているかでしょう。

本心からにしろ、表面だけにしろ、同じ考えの人しかいないのであれば、争いは起こりようがありません。平和。ただ、新しい価値は生まれないでしょうね。一人が「A」と言ったら、全員が「A」と言うのであれば、1ミリたりとも変化は起きません。

ということは、

考え方の違う、価値観の異なる人がいるからこそ、新しい価値が生まれるということです。

さらに言うなら、

似たような価値観を持つ人同士だと、似たような考えにしかなりません。あなたの考えから遠い考えの人がいた方が、(きっとモメるけど)、より斬新な、今までにない新しい価値が生まれるんです。

あなたの考えから遠い考えを持っている人、それは多くの場合、(残念ながら?)あなたのパートナーです。

ぜんぜん理解してくれないし、理解できない、ムカつく(ムカつかないかもしれないけど)あいつこそが、新しい価値を生み出すという視点では、最高のパートナーです。認めたくないかもしれないけど(笑)

あなたの感情を、揺り動かしてくる人っていますよね?

え?
いない?

もし、いないのだとしたら、あなたが完ぺきに悟りの世界に生きているか、感情を感じないように徹底的に封印しているかのどちらかでしょう。

あなたが感情を揺さぶられることに否定的であれば、感情を揺さぶってくる人は、あなたにとって嫌な人になります。あなたの平安を破る人です。あなたが安心するための最も簡単な方法は、あなたに嫌な感情を感じさせる人を否定することですね。

自分は正しい。
相手が間違っている。
あいつは分かってくれない。

この世界で生きていると、ある意味、とても簡単です。この世界に起きるすべてのことを人のせいにできます。

でも、

自分だけが正しい世界にいると、周りは間違いだらけに見えます。どいつもこいつも間違って見える。これは相当イライラします。ストレスたまりますよ。相手を否定することになります。あなたと異なる能力を持っている人に、あなたの得意な方法を押しつけても、うまく機能しないことは想像に難くありません。あなたにはない相手の能力を使うこともできません。

自分が間違ってると思う必要もありません。

もしかしたら、「自分は正しい」と言うと傲慢な感じがして、「自分は間違ってる」と言うと謙虚な感じがするかもしれません。が、ここでは「自分は間違ってる」というのも傲慢な考えだと言いきっちゃいましょう。

「自分は間違ってる」と言う人に、「あなたの考えもいいと思うよ」と言ったとして、いったい何人が素直に受けとってくれるでしょう?

「いえいえ、自分なんてぜんぜん間違っててダメなんです〜」的に返されることも多いんじゃないでしょうか。そんなことないと思ってるから言ってるのに、頑なに「自分は間違ってる」と否定しつづける人がいます。

励ましてるつもりが終いにはこっちがイライラしちゃったことがあなたにもあるかもしれません(笑)。もしくは、謙遜してるつもりがいつのまにか相手が怒ってて意味不明な体験をした人もいるでしょうね。

これは「「自分は間違ってる」という自分が正しい」と言ってるということです。ポジティブかネガティブかの違いはあるものの、結局、言っているのは「自分は正しい」ということです。

「「「私を正しい」と言うあなた」は間違っている!」ということです。ややこしい(笑)

ポジティブなアプローチか、ネガティブなアプローチかの違いだけで、結局、同じです。

どちらにしても「自分が正しい」ところにいます。ここにいると、自分と異なる意見を「間違ってる」と切り捨てて終了です。あなたにとっては、周りの「間違ってる」ことを証明しつづけるしかないので、ずいぶん大変な生き方になります。

残念ながら、相手はあなたの力では変わりません!!

あなたのことを、分かってくれることもありません!!

変わるはずのない人や状況に、変わってくれないと言いつづけ、分かってくれるはずのない人に、いつまでたっても分かってくれないと言いつづける。ややドM気味だけど、それがあなたの趣味です。

僕も同じことを何十年も趣味にしていたので、よくわかります。趣味の世界だから、好きなだけ満喫したらいいですよ。どうせ、心底飽きて「もうウンザリだ!」と思ったら、嫌でもやめることになるから。ウンザリするまでつづけるのが嫌だったら、今、やめることもできるけどね。

自分と異なる意見を、否定しないようになると(賛成しろとまでは言いません)、どちらの考えも否定しないまったく新しい考えが創造される余地が生まれます。

で、

仮に、自分に、チクセントミハイの言う「文化に新しく加える価値のある、真に新しいものを存在たらしめること」ができると仮定してみましょう。

そんなことができるなんて思えないけど、仮に、できるとするならば…

僕が「人は、愛でつながっていることを証明する」ために、「文化に新しく加える価値のある、真に新しいものを存在たらしめること」とは、

「場」をつくること。

目線を変える「場」をつくることかな。

目の前の相手の違いに目を向けるのではなく、目の前の相手と、共に同じ方向を向くことができることに気づく「場」。

同じ世界を目指す旅の仲間だと気づく「場」をつくることかな。

同じ世界を目指す旅をしていることに気づかなければ、目の前のあいつは、納得できない、理解できないことを言う腹立たしい存在。でも、同じ世界を目指す旅の仲間だと気づけば、目の前のあいつが、お互いの能力で助けあえる、補いあえる仲間になれる。

全員が勇者のパーティーはめんどくさそう。
船頭多くして船山に登る的展開になるでしょうね。戦士がいたり、魔法使いがいたり、賢者がいたり、商人がいたり、遊び人がいたり(笑)、さまざまな才能が集まることで目的地にたどり着けるんです(ドラクエだとね〜)。

目の前の相手は魔王すぎて仲間になれない?

でも、魔王のいないドラクエは成り立ちませんよ。魔王ですら、ドラクエという同じ世界を成り立たせる仲間です。目の前の魔王ですら、あなたの旅を究極的に完成させてくれる仲間なんですよね。

いつのまにか、ドラクエの話になっていますが…

目の前の「誰か」を、旅を邪魔する存在にするか、旅の仲間にするかの違いは、あなたの目線だけ。誰も、何も変える必要すらありません。変えるのは、あなたが目線をどこに向けるかかだけです。


『POWER OF TWO 二人で一人の天才』p.21

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【読んだことについて語るときに僕の語ること】 本を読み、刺激を受けた一文から考えたことを、無責任に語ったエッセイ。くっきーのアタマの中身を公開します(笑)*本の内容とは関係ないかもしれません。
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