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とりとめのないこと2023/07/10 故郷を想うひと

時々、雨の音が聴きたくなる。風なんて吹いていないんじゃないかと思うほどに湿気がまとわりつく青く白んでゆく夜はとくにそうなのだ。

耳の奥で雨が降り始めると、僕の世界に灯りが灯され、言葉たちが窓から顔を出してこちらの様子を伺うかのように、唐突に何らかの情景とともに思い浮かぶ。そうして、外に出て空を見上げると、雲の切れ間から顔を覗かせるクレセントムーンが消えては現れ、現れては消えてゆく様子から風が吹いていることを知る。

最近、妻が少しずつ日本の現代小説を読んでいる。それまでは色々と疲れていたのか、この数ヶ月、あるいは半年、あるいは一年、彼女が本を読むことはほとんどなかった。

彼女の心の中に少し風が吹き、灯りが宿り、蝋燭の映し出す詩や物語たちの陽炎が揺れて、また詩を読んだり、物語を読んだりすれば、色々な心配事や不安な事も一時忘れることが、彼女もできるかもしれない。

感情や風景たちの色がモノクロームで音の世界がくっきりと白と黒で塗られてしまうことが多くて思うように練習できないの、と故郷の作曲家の曲を弾いて聴かせてくれたあと、スランプ気味であることを話してくれていた。

本当に平穏で本物の自由がやってくることを信じるしかない、と彼女が悟っているのも知りながら、僕はただ、そのうち、どうにかなるよ、きっと。そしたらみんなで行こう。と無責任なことを言って、先に防音室から出たと思う。

世の中には色んな夫婦がいる。年を重ねて生きていくうちに、ただの同居人となる夫婦もいるし、あるいはかけがえのない人生の戦友のような伴侶となる夫婦もいるし、その中間だっている。あるいは欺き合っていたりする夫婦だっている。

付き合い始めた頃のような燃えるような情熱的な感情は、いつの間にか、お互い穏やかな感情に変わっていった。けれど家族として助け合って生きている。これからだってそうだろう───僕の大事なsoulmateソウルメイト、故郷を想うひと。

晴れた夜、雨の音を聴きながら、些細な出来事を思い出していた。
もうすぐ朝日が昇る。
きっと、今日もまた暑い。

月を雲の中に見失って僕は仕事部屋に戻ることにした。

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