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レティシア書房店長日誌

吉田篤弘「フィンガーボウルの話のつづき」

 「子供のころから小説(らしきもの)を書いていた。ごく短いものばかりで、小説というより散文詩に近い。ノートに鉛筆で書いていた。世田谷線の運転手にもなりたかったが、どちらかといえば、やはり小説家になりたかった。」という小説家吉田篤弘のデビュー作品が、”最新リマスター版”で復活しました。(古書1500円)
 デビューした時から、浮遊感というか、ファンタジーというか、都会派オシャレというか、吉田ならではの世界をすでに作っていたのです。

 本書には17編の小作品が並んでいます。この作家の小説(らしき)ものを説明することは難しい、と思っています。
 「夜の街のどこか隅の方にある扉をあけ、すっと向こう側へ行ってみたいと思う。夜が始まるたび、タクシーを拾うのをやめて、その扉を探してまわろうかと考える。少し前の私だったらーいや、もうずっと前というべきかー夜の数時間などあっさり棒に振って、無駄と知りながらも数ブロックを歩きまわったろう。意味ありげに立ちどまり、少し薄暗くなった路地のあたりに目を凝らして。」これ、「ハッピー・ソング」という作品のオープニングの文章です。ここから、すっと入っていける人は、吉田フリークになれるはずです。物語の面白さで読ませるというよりも、一つのシーンに、いいなぁ〜と思わせる作家です。
 「『おそれいり豆です』これは父の常套句のひとつである。どんな場面においても、それを口走った。『いや、どうもどうも、おそれいり豆です。』
なぜか父が言うと、言葉と一緒にあたたかい雲のようなものが浮かび、耳にした誰もが幸福そうに笑っていた。とりわけ、父は女性を幸せにすることが自分の役割とでも思っていたのか、女性に前になると、次々、そんな言葉を繰り出していた。『わからず屋の、こんこんチキ』『おっとどっこい、すっとこどっこい』『当然のとうちゃん、偶然のぐうちゃん』」こんな文章が続いてゆく「私は殺し屋ではない」。なんだかなぁ〜と思われるかもしれませんが、最後はキッチリとオチがついているところが良いのです。
 「『フィンガーボウルの話のつづき』を書くまで」という、あとがきのような文章の中で本書の発行についてこう書いています。
「世界は21世紀になっていて、奥付の初版発行日は2001年9月20日だが、実際の発売日はこの日付よりもう少し早い。世界中に点在する小さな物語を書いてデビューしたそのとき、深夜のテレビ・モニターに世界が一変するような映像が映し出されていた。 9月11日だった。 文学のことはよくわからないが、この日を境に大きな物語が鳴りをひそめ、個人の語りにシフトした小さな物語が世界中で書かれるようになった。」
 そして、著者も「大きな物語」から「小さな物語」にシフトしていきました。起承転結がはっきりしていて、登場するキャラクーの喜怒哀楽がきめ細かく描かれます。大きな世界観が提示される小説を「大きな物語」とすれば、著者の作品は、長編であれ短編であれ、真逆の世界を描いていると思います。そこが、私の好きなところです。

レティシア書房ギャラリー案内

3/13(水)〜3/24(日)北岡広子銅版画展
3/27(水)~4/7(日)tataguti作品展「手描友禅と微生物」
4/10(水)〜4/21(日)下森きよみ 絵ことば 「やまもみどりか」展

⭐️入荷ご案内モノ・ホーミー「貝がら千話7」(2100円)
平川克美「ひとが詩人になるとき」(2090円)
石川美子「山と言葉のあいだ」(2860円)
最相葉月「母の最終講義」(1980円)
文雲てん「Lamplight poem」(1800円)
「雑居雑感vol1~3」(各1000円)
「NEKKO issue3働く」(1200円)
ジョンとポール「いいなアメリカ」(1430円)
坂巻弓華「寓話集」(2420円)
「コトノネvol49/職場はもっと自由になれる」(1100円)
「410視点の見本帳」創刊号(2500円)
_RITA MAGAZINE「テクノロジーに利他はあるのか?」(2640円)
福島聡「明日、ぼくは店の棚からヘイト本を外せるだろうか」(3300円)
飯沢耕太郎「トリロジー」(2420円)
北田博充編「本屋のミライとカタチ」(1870円)
友田とん「パリのガイドブックで東京の町を闊歩する3 先人は遅れてくる」(著者サイン入り!)
中野徹「この座右の銘が効きまっせ」(1760円)
青山ゆみこ「元気じゃないけど、悪くない」(2090円)

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