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レティシア書房店長日記

綿矢りさ「パッキパキ北京」

 綿矢りさは、1984年、京都の金閣寺近くで誕生しました。京都市立紫野高校在学中に「インストール」で第38回文芸賞を受賞。早稲田大学在学中19歳の時「蹴りたい背中」で130回芥川賞を受賞しました。金原ひとみが「蛇にピアス」で同時受賞して、昨今の女性作家たちの芥川賞受賞の先鞭をつけた作家でした。
 彼女の通っていた高校からそう遠くない場所で書店員をしていた頃、「インストール」の面白さに惚れ込み、大きなポップを作ってフェアをしたことを覚えています。

 あれから何十年ぶりに読んだ新作「パッキパキ北京」(集英社/新刊1595円)は、ズバリ痛快な一冊でした。ブハハハと大声で笑いそうになりました、と言っても、これは喜劇ではありません。
 中国に単身赴任していた夫から、自分は中国になじめず、適応障害気味なので助けに来てくれと、妻の菖蒲(あやめ)にメールが入ります。コロナが猛威を振るっていた時だけになかなか入国できずにいたのですが、2022年秋に入国が許可され、犬のペイペイをお供に北京に向かいます。
 ここから、怒涛の生活が始まります。彼女は中国のことなど全く知らないとか言いながら、平気で北京の街を一人でうろつき出します。様々な表情のこの街の顔が見えてきます。まず、その描写がとてつもなく面白い。著者自身の中国滞在経験とその観察力で、ぐいぐいと読ませます。小説というよりは、現代中国のルポですね、これは。
 「背中をパンパン叩いたり、足を塩で揉んで激しく擦ったり、たいまつの火で中を炙った吸い玉を背中だけでなく足の裏にも押し当てたり、髪の毛全部を両手で握り雑草でも引っこ抜くように全力で真上に向かって引っ張ってみたりと、もはやマッサージというより、爽快な悪魔払いの域で、数々の儀式が身体中に施される。フェイスマッサージではタオルなしで、日本人マッサージ師なら用心して触れない眼球のキワのキワまで強めの指圧で攻めてくる。」これは、夫と一緒に行ったマッサージ屋です。
 物語は、思った以上に中国勤務が長くなりそうになった夫が、子供が欲しい、ここで一緒に暮らそうと提案するあたりから雰囲気が変わってきます。
菖蒲は夫に聞き返します。「もー逆に聞きたいけどさ、妊娠出産のどの部分が楽しいの?痛い部分は分かるよ、産むときと産んだあとと、他色々でしょ。子どもの誕生が楽しいの?子どもはキャワイイと思うけどペイペイもキャワユイよ、性格暴れん坊だから育て甲斐もあるし。種の保存楽しいの?私ラブアンドピース派だから自分の子孫じゃなくて他んちの子どもが繁栄しても生暖かい目で見守れるよ。自分が死んだ後の世代とか正直興味ないしね。アサハカでもいま身体が軽くて、いま何でも好きなことできて、いまとにかく楽しいのが私にとって最重要だから。」
 そして、彼女は夫を残して日本行きの飛行機のチケットを手配します。さて二人は……。この行動にあなたならどう反応しますか。まぁそれはともかく、真冬の北京を暴走する菖蒲にお付き合いしてみませんか?
 菖蒲の放った名言を一つ、「私にとって知性とはムカつく相手をどれぐらい早く言い負かせるかだし、教養とは狡い男に騙されず自分の好きなように生きられるスキルのこと。」パッキパキ!

●レティシア書房ギャラリー案内
2/7(水)〜2/18(日) 「まるぞう工房」(陶芸)
2/28(水)〜3/10(日) 水口日和個展(植物画)
3/13(水)〜3/24(日)北岡広子銅版画展


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