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レティシア書房店長日誌

一穂ミチ「スモールワールズ」

 帯に「全国の書店員さん共感度5つ星」と書かれています。私は、あんまりこういう文句を信じない方ですが、一気に読んでしまってから、これは5つ星以上だ!思いました。六つの短編が収められていますが、どの作品もスタイルが異なっていて、芸達者だなぁ〜と驚きました。

 1作目「ネオンテトラ」は、子供が出来ない夫婦の憂鬱を描き、2作目の「魔王の帰還」は、堂々たる体格で度胸もある姉の突然の帰宅にオロオロする弟の姿をユーモアたっぷりに描きます。日本推理作家協会賞短編部門候補にもなったゾッとするラストが待ち構える3作目の「ピクニック」、4作目は、兄を殺された妹と服役中の犯人とのやり取りだけの物語「花うた」です。5作目は、十数年ぶりに娘と再会したら、FtM(体は女性だが、心は男)であったことに驚かされながら、しばし一緒に暮らす父親の「愛を適量」。そして6作目「式日」は、生活保護を受けていた父親が自殺した後輩に頼まれて、葬式に参列することをめぐるお話です。
 やるせなくて自由がきかず、希望も見えそうもない世界を、様々なシチュエーションで描いていくのですが、どの物語のキャラクターもずば抜けて個性があります。
 「玄関に姉の28センチのスニーカーとキャリーケースがあり、ゆうべがらがらうるさかったのはこれか、と納得した。27歳、身長188センチ、体重怖くて訊けない、路上でファッション誌のカメラマンに声をかけられたことはないが総合格闘技(地下プロレスだったかも)からのスカウトはあった。占い師によると前世は古代ローマの剣闘士、名前は真央だがあだ名は『魔王』。そんな規格外の姉が、出戻ってきた。」という「魔王の帰還」は、抱腹絶倒の展開ですが、真央の人生の真実を最後に知るとちょっと泣けてきます。
 「きょうは、待ちに待ったピクニックの日です。母と、娘と、その夫と、夫の両親、それから、半年前に生まれたばかりの、娘夫婦の赤ちゃん。陽当たりのいい芝生の公園はすこし風が強くて、レジャーシートがはためいたり、お茶に葉っぱが浮くかもしれません。」で始まる「ピクニック」は、この先、幸せな一家の日々を描いてゆくのだろうかと思いきや、とんでもない展開になります。この物語の語り手が最後にわかるのですが、ゾッとするようなエンディングです。
 サービス満点の作家さんね、と思われるかもしれません。しかし、ここまで多彩な人物を、どこにでもある風景の中に泳がせて、人生の喜怒哀楽を描き尽くす才能と力量には感服しました。その力量が最も発揮されたのがラストを飾る「式日」です。
 「俺、父親が死んじゃってあした葬式なんだけど、ほかに呼べる人いないし、先輩来てくんない?」とある日、電話を受けた私が、たった二人の葬式に参列するお話です。迷惑をかけられてきた父親の葬式を出してやったことを褒めると、「『どうも』後輩は苦笑し、無造作にネクタイを取ってコートのポケットに突っ込んだ。窓から射す日光はどんどん斜めに寝そべり、強烈な光線が空っぽのバスに充満して喪服の肩をあぶる。暖かくはないのに強烈にまぶしく、無人の座席や広告が褪せた古い写真のように見えた。一日の終わりの空気とどこに向かっていない乗客二名を運ぶ車が国道から逸れて細い脇道にいれば、建物に遮られて途端に薄暗くなる。光も降りていった。」
 明るい未来も、自分たちの生き方も全く見えてきません。その不安、イライラ、無常観みたいなものが、葬儀場沿線の、日本のどこにでもある郊外の沿線の風景に込められています。超おすすめです(古書700円)ちなみに、この作家は大阪出身。ボーイズラブ小説で頭角を表しました。


レティシア書房ギャラリー案内
3/27(水)~4/7(日)tataguti作品展「手描友禅と微生物」
4/10(水)〜4/21(日)下森きよみ 絵ことば 「やまもみどりか」展
4/24(水)〜5/5(日)松本紀子写真展

⭐️入荷ご案内モノ・ホーミー「貝がら千話7」(2100円)
野津恵子「忠吉語録」(1980円)
石川美子「山と言葉のあいだ」(2860円)
文雲てん「Lamplight poem」(1800円)
「雑居雑感vol1~3」(各1000円)
「NEKKO issue3働く」(1200円)
ジョンとポール「いいなアメリカ」(1430円)
坂巻弓華「寓話集」(2420円)
「コトノネvol49/職場はもっと自由になれる」(1100円)
「410視点の見本帳」創刊号(2500円)
_RITA MAGAZINE「テクノロジーに利他はあるのか?」(2640円)
福島聡「明日、ぼくは店の棚からヘイト本を外せるだろうか」(3300円)
飯沢耕太郎「トリロジー」(2420円)
北田博充編「本屋のミライとカタチ」(1870円)
友田とん「パリのガイドブックで東京の町を闊歩する3 先人は遅れてくる」(1870円/著者サイン入り!)
中野徹「この座右の銘が効きまっせ」(1760円)
青山ゆみこ「元気じゃないけど、悪くない」(2090円)
Kai「Kaiのチャクラケアブック」(8800円)

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