エスケープブック no.005 香水 ある人殺しの物語 / パトリック・ジュースキント

嗅覚というのは人間の本能にまつわる事がとても大きい。
それは、香りが鼻から通って辿り着く場所が、脳の中でも、快・不快や情動を感じる場所だから。

食事の際も、意識せずとも口に運ぶ前にまず匂いを嗅ぐし、
これは美味しそう、不味そう、もっと言えば、食べても危険じゃない、といったことを感知して、生命の安全を守っている。

好みの匂いの人は遺伝子的に相性が良い、という話もあるが、
実際に不快な匂いの人にはまず近づきたくないし、良い香りのする人は好感が持てる。

匂いとは、人間の本能を表すものだと思う。

本作の主人公グルヌイヌは、18世紀の悪臭にまみれたパリに孤児として生まれ、
生まれた時から図抜けた嗅覚を与えられていた。

遥か遠くの匂いが分かる、香水の原料が、何が、どれだけ含まれているかもぴたりと分かる。
見えなくとも、誰が何をしているのかも匂いでわかる。

それゆえに、匂い以外に対する興味が悲しいほどにない。

そんな彼が心を奪われたのは、マレ区のひとりの少女。
一目惚れ、ならぬ、一鼻惚れ。
ただし、グルヌイユが惚れたのは彼女そのものというより、彼女の匂い。
その匂いを我が物にしたい、その一心で彼女の首に手をかけ、殺めてしまう。

彼女の匂いを堪能することは出来たが、それは束の間の出来事。
どうすればあの匂いをこの世に留め続ける事が出来るのか、グルヌイユはその一心で時を経て、パリを離れ、グラースで運命の再会を果たす。

マレ区の少女と同様、それ以上に類い稀な匂いを持つ娘、誰もが目を惹く美少女、ロールである。

幾多の乙女達を犠牲にし、周囲の人々を恐怖に陥れた末、グルヌイユはついに求めたものを手に入れる。

グルヌイユの行く末を見届け、恐ろしく歪んでいるのは間違いないが、なんて眩い、純粋な恋心なんだと思わずにいられなかった。

マレ区で出会った運命の少女、束の間の逢瀬。
必至の思いでたどり着いたグラース、
運命の少女との再会。そして成就。

それが嗅覚という、本能を司る器官だからこそ、尚更、顔がタイプだとか、お金持ちだからとか、そういう下心のない、刃物のような純粋さに、美しいとさえ感じてしまった。

思いを遂げたグルヌイユの、文字通り無に帰すという、なんて潔さ。
そうなれるとも、なりたいとも思わないが、
理性を働かせざるを得ないこの世界に生きるからこそ、
ひたすらに本能で追い求めたその姿は、どこか羨ましくもある。

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エスケープブック/73

耽美主義、唯美主義、印象主義。平成ゆとり世代なのに、昭和感漂う化石的存在。言葉と香りの魔術師見習いとして活動を行なっていきます。

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