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エスケープブック no.006 少女地獄 / 夢野久作

私が最も好きな言葉のひとつに、
「どんなに濃い幻でも、瞬間の現実の価値はない。」というものがある。
現実はつまらない、空想に耽っていたいと言いつつも、
生きなければならない現実はそこにあって、
それと向き合う時は、万の机上の空論よりも、一の現実の行動こそ重みがあると思っている。

そんな価値観を持っている私なので、この話に対するものは、共感でも憑依でも無いのだが、
哀れとも滑稽とも言える、一人の少女の生き様に、一種の美しさを感じているのだと思う。

この少女地獄という話は、3つの異なる書簡で綴られる作品から出来ているのだが、
最も知られているのは「何んでも無い」という話だろう。

物語の中心に存在するのは、
その名の通り可憐な美少女、姫草ユリ子。

彼女と接触する人々は、老若男女、誰であれ彼女に好意を抱く。
無邪気で、いじらしく、愛しく、
且つ仕事に対して天賦の才能を持っていた。

ただそれだけなら何て事のない。

彼女の本質は虚構の天才である事だ。

自分が舞台の中心で在る為に、
自らのことに限らず、取り巻く人々に纏わる、あらゆる事を嘘で塗り固める。

全ては自分が生きる小さな世界で、自分を生かすために。
この作中での彼女の世界は、開業して間もない病院である。

開業の前日に訪れた彼女は、わずかな言葉で院長とその家族を魅了した。
働き始めて幾日で、看護師として有り余る才能を見出され、院長と家族の信頼を得た上、
患者に至っては一に姫草さん、二に姫草さん、それはもう院長もそっちのけである。

ただそれだけなら良かったのだが、彼女は自らを生かすため、嘘に嘘を重ねていく。

どんなに重ねても嘘は嘘だ。
虚構でしかないのだから、いずれ綻び、剥がれてゆく。

やがて、全ての綻びが剥がれた彼女は、舞台の上で自らの生命を断つのであった。

「この病院を一歩外へ出たら妾はモウ破滅なんだから。」

この言葉が彼女の全てを物語っている。
彼女は現実でなんて生きていなかった。彼女の世界は病院の中だけであり、もっと言えば、病院の中で持て囃される彼女こそが、真実の彼女だったのだ。

遺書を残して去っていった彼女は、もしかしたら現実には生きているのかもしれない。

正直、巻き込まれる人間は溜まらない。
自らを知らぬうちに虚栄で塗りたくられ、それが周りの人々の真実になっていくのだから。

だが、雄弁に虚構を語る彼女の瞳の、異様な美しい光、
魅惑的な情欲の光。
それは彼女の生命の鼓動に間違いなく、
たとえ虚構であっても、刹那の光には美しさを感じてしまうのである。

冒頭の一文こそが全てを物語っている。
「彼女を生かしたのは空想です。彼女を殺したのも空想です。」

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エスケープブック/73

耽美主義、唯美主義、印象主義。平成ゆとり世代なのに、昭和感漂う化石的存在。言葉と香りの魔術師見習いとして活動を行なっていきます。

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