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子育ては祈りに似ている 〜令和元年に寄せて〜

家族が皆寝てしまった深夜にこれを書いています。

元号が変わり、令和になりましたね。令和元年おめでとうございます。

昨日、平成最後の日は、次男のチームが所属しているリーグのカップ戦で接戦の末、準優勝でした。3日程の最終日で、審判もTOの役割もなく、会場の雰囲気を味わいながら、他のコーチ陣と談笑などして過ごす余裕がありました(感謝)。


そのおかげで、会場の雰囲気が3位決定戦から決勝へと、熱気を増しながら進んでいくのを体感しました(タイトル写真はスラムダンクの流川ばりのカットイン中の次男:我が息子ながらあっぱれな奮闘ぶりでした。いい試合を見せてくれてありがとう。おつかれ^^)。



そして、ふと、不思議な感覚にとらわれました。


大の大人が大勢、小学校の体育館に集まっています。

自分の実の子でもない子どもたちのために、時間と労力を割いて開催・運営してくれている人たちが大勢集まっています(いつも感謝です)。

小学生の子どもたちは必死でゲームに集中しています。

うまい子もそうじゃない子も、それぞれに一生懸命です。

どちらのチームもコーチや保護者が必死に応援しています。

少しずつ、ゆっくりと自分たちの決勝戦が近づいてきます。


そんな中でふと、体育館全体が何かの卵の中のような、そこから何かが生まれてくる前のような、雛鳥が生まれるのを待つ母鳥が外にいるかのような不思議な感覚にとらわれたのです。


自分がアシスタントコーチをしているチームもそうなのですが、他のチームのコーチ陣と話していると、小学生の子どもたちって、「どこのチームも強い弱いに関係なく、それぞれの事情や課題や伸び代をもち、子どもたちはそれぞれの個性で凸凹で、自由で、わがままで、放っておくと自分の好きな方に行ってしまう、とっても子どもらしい集団、発展途上な集団」なのです。当たり前ですね。


そんな存在が、発展途上の可能性しかない未完成で、未成熟な存在が、大人や同年輩の子どもたちの声援を受けて、必死に何かに集中している。そしておそらく本質的に「ここの空間の全体」が求めているのは、何らかの成長、何らかの変化。それは子どもが子どもだからこその、必然的にしかし多様に起こる成長、変化。大人の想像を超えて生じていく成長、変化。


この場を通じて、時間や体験とともに、変わっていくもの(子どもたち自身)に対して、自分たち大人にはできることはほぼなく、ただ声をあげて、励まし、応援するだけ。


この感じが、小学生の頃何回か通ったことのある教会(母がクリスチャンです)や、お寺の荘厳な感じや、伊勢神宮の雰囲気などと重なって、何か「敬虔な」祈りの空間に思えてきたのです。


自分たちは今何か、神聖な空間にいるのだ、と感じたのです。


今回のカップ戦は、このリーグの創業期の功労者の方(故人)を偲んで創設されたカップ戦なので、そのかたがあっちの世界(どっち?)から子どもたちの様子を見に来ていたのかもしれません^^。子どもたちが必死で失敗したり成功したり泣いたり笑ったりしているのを、ほほ笑んで見ていたのかもしれません。




昼間感じたあの不思議な感覚がなんだったのか、ぼんやり考えながら令和の時代へのカウントダウンを夜更かしを楽しんでいた長男と聞きました。長男も寝てしまったあと、結論わからずに書き始めたこのnoteの、結びに変えて書いておきたいのは、


今日のあの空間が特別なだけじゃなくて、

子育てに関わる全てのプロセスに

親や大人ができることは少なく

そのほとんどは「祈り」で構成されているのじゃなかろうか、

と気づいたのでした。


子育ては、祈りに似ている



宗教を構築した先人たちも、後世の人間や衆生(全ての生あるもの)に対する同様の感覚を「祈る」という行為に当てはめて伝えたのかも、と思ったり。祈りがスタイルとして定型化している宗派も多々ありますが、それだけの仕組みを持って「祈る」という行為を伝えたかったのは、何か人間存在にとって大切な、普遍的なものの存在を感じます。


子どものために、愛するもののために、できることを全てやって(人事を尽くして)その上で、大人にはどうにもならないこと、してあげられないこと(子どもが自分で経験するしかないこと、自分で乗り越えていかなければならないこと:親や他の大人には肩代わりできない)の代わりに、ただただ、人は祈るのかもしれません。



自覚としては、人の感情に若干疎い自分は、子どもが自分の人生にやって来て初めて、「祈る」という言葉の意味を、少し理解しかけているのかもしれません。



令和という時代が、平和に包まれた時代に近づいていきますように。

令和という日本国内の時代概念を超えて、この30年、40年のうちに、全世界に戦争や差別や残酷や理不尽や孤独から救われる、安心できる場がより多く創出され、多くの人に得られますように。

そしてその実現のために、一助となり次の世代に想いをつないで行けますように。


祈ります。

そしてその祈りは

できることを全部やる、という行動があって初めて本当の「祈り」になるのだと感じながら、産声をあげたばかりの令和の時代を生きてみることにしましょう。この文章を読んでくださったあなたとともに^^。


令和元年にやりたいことは、その最初の一歩を踏み出すことです(詳細はまた今度^^)。



そして探求は続く

(令和の時代を黄金色の景気のいい髪の色で迎えました。生まれて初めて金髪にしてなんだか心がスッキリしています。金髪にしたら周囲の反応や気づきが面白いので、そのうちnoteに書こっと)

→そういえば、プロフィール写真やSNS用のスナップ写真撮ってくれる写真好きな奇特な方、募集中^^!

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別府文隆

新規事業コーディネーター。個人と組織のチャレンジ支援。アイデアと気づきの「仲卸」業。自由人 高橋歩WorldPeaceプロジェクトメンバー/PTA会長/コルクラボ /バスケコーチ/モテるじいさん研究家/美しいもの好き http://www.innovationgarden.me

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